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胡桃色のプランターには、発育に欠かせない土が注ぎ込まれており、持ち上げようものならそれなりの重量になりそうだ。
全体的に黒く、ところどころに石ころのような固まりが混ざっていて、特に茶や白が目立っている。
きっと成長に外せないであろう栄養素を、何種類かの土を混ぜ合わせて補い、生育の助けとなるよう作られているのだろう。
「次は植え付けか?」
苗を寄せ集め、何事か考えている様子の咲へと、笑みを湛えて話し掛ける。
さぞや吟味して選び抜かれたのであろう三つが、目の前で可愛らしい双葉を身に付けており、曇りなき深緑を湛えている。
黙々と、それでいて真剣に店で見比べている姿が思い浮かび、その場に居られなかった事が残念である。
是非とも側で観察していたかったと、穏やかな視界へと青年を映り込ませ、次なる行動を大人しく待つ。
手にはいつの間にかスコップが持たれており、暫くは宙をさ迷わせながら思案し、どの辺に植えるべきか迷っているようだ。
「その辺でいいんじゃないか?」
「……此処か?」
「ああ。丁度いいな」
土を見下ろしながら静止している咲へ、指し示して声を掛ければ視線を注がれ、スコップの先で緩やかに宙へと円を描き、大体の場所を問い掛けてくる。
頷きながら笑い掛けると、プランターの丁度真ん中に狙いを定めたらしく、決めた途端に躊躇いもなくスコップを突き立てる。
せっかく綺麗に整えたというのに、今では無心にざくざくと穴を掘り始めてしまい、瞬く間に深度を増していっている。
種であれば、僅かな窪みでも良さそうなものだが、苗ともなれば10cm以上は掘らないと土からはみ出してしまいそうだ。
一心不乱に土を掻き分けながらも、均等に周りへと仮置きしており、相変わらず几帳面というか、丁寧な子だよなあと思いつつ経過を観察している。
「中身出しておこうか」
「あ、お前そのままだと……」
「ん?」
「手……、汚れる」
「ああ、なんだ。そんな事まで気に掛けてくれるのか。優しいなあ、咲は」
「別にそんなんじゃねえよ……。テメエの覚束無い手付きが不安なだけだ。俺がやるから置いとけよ」
次の段階へと移れるよう、ポットから苗を出そうとしていると、咲が手を止めて声を掛けてくる。
てっきり何か注意事項でもあるのかと思いきや、素手では土で汚れてしまうからと気に掛けられ、思えば先程からずっと笑みが零れっぱなしである。
可愛いげのない台詞を吐かれても、照れ隠しであるという事実が容易に見て取れて、穏和で目映い一時がゆっくりと流れている。
「大丈夫。洗えばいいだけの事だし、俺も咲と一緒に作業しながら、楽しんで過ごしたいからさ。まあ、ひたすら咲を眺めているだけでも、それはそれで十分に楽しめるけどな」
見つめながら、片目を閉じて微笑み掛けると、それまで淡々としていた青年の頬が仄かに染まり、同時にサッと顔を背けて勝手にしろと言い放ってくる。
「慎重に取り出さないとな……」
「駄目にしたら承知しねえぞ」
「責任重大だなあ。ところでさ、コレって咲が選んできたんだよな」
「そう、だけど……、なんだよ」
「いやあ、お店で黙々と一人思い悩んでる姿を想像するだけで可愛いなあと……、とっても幸せな気持ちになるな!」
「俺は心底残念な気持ちになる……」
苗のポットを片手で持ち、もう一方の手で根本を覆うように添え、中指と薬指の間に茎を挟み込む。
手の平へと土の感触が伝わり、溢さないように注意しながら逆さまにして、少しずつ外側を剥いていく。
芽生えが落ちないよう手の平で支えながら、するすると上へポットを脱がせていき、収まっていた土が崩れず露になっていく。
「お、上手く出来たんじゃないか? ほらほら、コレ!」
「気ィ抜くんじゃねえよ、落ちんだろ」
外し終えても、そのままの状態を維持しており、とりあえずは不要となった入れ物を近場に置いておく。
取り外した手で、剥き出しになっている土の側面を優しく持ち、再び反転して元の位置へと戻す。
脆そうな割に崩れないものだなあと関心するが、ほろほろと若干の土は隙間から転げ落ちているので、頑丈には程遠い。
「置いたら崩れそうだから、もう植えてしまったほうがいいかもな」
「……そうだな。これだけ掘れば十分だろ」
「ああ、大丈夫だろう。よし、じゃあ入れるからな」
「ああ」
十分な環境が整い、苗を持ちながらそっと近付いて、倒さないように真っ直ぐ穴へと入れていく。
傍らでは、黙って一連を見つめている様子が窺え、苗が収まると咲が手を差し伸べてくる。
周りへと寄せていた土を触り、苗の側面を埋めながら穴へ流し込んでいき、植え付けを行っている。
「後二つあるんだから、全部掘り終えてから取り出せば良かったか。早まったな」
「別に大して変わんねえよ。お前が現れた時点で要領よく事が運ぶとは思ってねえし」
「ふうん、そうか。こういう事されちゃうから?」
「うわっ、おい! てめっ、いきなり何してっ……!」
「はははっ、おでこにキスしてみました!」
「くっ、言わなくていい……!」
「残念ながら今は手が汚れてるから、俺を見上げてくれたら唇にも捧げてあげるよ。お姫様」
「ゼッテェ見ねえ……。誰がお姫様だふざけやがって」
「咲はいつでも俺にとって」
「うるせえ、黙れ!」
皆まで言わせてもらえず、俯いてはいるものの明らかに赤らんでおり、幾分か手付きが雑になっている。
落ち着こうと必死なようで、とにかく土をかき集めて苗を埋めており、恥ずかしさですっかり調子を狂わされているらしい。
多少の責任は感じるものの、目前でころころと表情を変えてくれる様がいとおしく、出来ればずっと隣で眺めていたい。
「残りもさっさと植えるぞ」
「そんなに急がなくてもいいんじゃないのか?」
「これ以上お前と一緒に居たくない」
「俺はまだまだ一緒に居たいなあ。だからゆっくりやろう」
「いやだ」
「どうして?」
「いやなもんはいやだ!」
「あははっ、何だか子供みたいだな。よしよし、て頭を撫でてあげられないのが残念だ」
「ンなことしなくていい……!」
「何をそんなに怒ってるんだ? 言ってごらん」
「テメエの胸に問い掛けてみろよ!」
「う~ん、何にも思い当たらないかな!」
「だろうな、この無神経!」
「はははっ、ひどい!」
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