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声を上げて笑い、傍らへと視線を注げば、頑として俯いている咲が映り込む。 土を寄せ集め、一心不乱に苗を植えており、恐らく相当に気が動転している。 少しからかい過ぎたか、とは思うもそれだけであり、可愛らしい反応見たさについやってしまうのだ。 ふと天を仰げば、爽やかな風が頬を撫でていき、視界へと澄み渡る空が広がっていく。 とても気持ちが良くて、安らかなる空気に満ち満ちており、地に足を着けた生活は今ではこんなにも居心地がいい。 「咲、ちゃんと手元見えてるか? 苗が埋まらないように気を付けろよ」 「余計なお世話だ。ぼさっとしてないでお前はとっとと次の穴を掘れ」 「了解。次は端に植えような。今からすでに、実るまでが楽しみだなあ」 「お前の取り分なんて残らないかもな」 「え~、そんな殺生な……。でも、俺はちゃんと咲が一番美味しいところを残しておいてくれると信じてるからな!」 「まあ勝手にしろよ」 相変わらずつれない態度を貫き、次第に落ち着きを取り戻していきながら、丁寧に苗へ土を被せている。 手元を見つめて受け答えし、そんな咲の表情を愛くるしい双葉が見上げており、それから程なくして一つ目の植え付けを完了する。 「よし……、こんなもんか」 控え目ではあるが、満足そうな声が聞こえてくる。 普段から殆ど表情を変えず、心情を露にする事も滅多にないけれど、それでも彼が心底楽しんでいると伝わってくる。 「なんだよ……」 「ん? 楽しそうで何よりだなあと思って」 「ハァ? ったく、なんなんだよ……。ちゃんと進んでるんだろうな」 「もちろん。こんな感じでいいかな?」 スコップ片手に、先程の穴を思い出しながら掘り進め、幅と深さを慎重に調整していく。 眉を寄せて咲が覗き込み、特に何を言う事もなく次なる作業へ戻って行ったところを見ると、現状で文句はないようだ。 苗を受け入れる態勢が整い、反対側へと移動していた青年にスコップを差し出すと、程なくして気付いた彼が静かに受け取る。 時おり今しがた掘り終えた穴を見て、プランターの真ん中からどれくらい距離を取るべきか考えているようであり、黙っていても悩める様子がよく分かる。 くすりと微笑み、直に答えを見出だすだろうと口出しはせず、待機している苗を一つ持ち上げる。 先程と同じ要領で剥いていき、華奢な葉が風によって微かに揺れ、傷付けないよう慎重に作業する。 今のところはまだ、これから大きく成長していくであろう姿が想像出来なくて、それほどまでに頼りなげな双葉が芽吹いているのみである。 然程時間は掛からず、すぐにも背を伸ばして葉を増やし、花を咲かせて美味しく実るようなのだが、目の前で土から顔を出している姿だけではまだ何とも言えないのであった。 「たまにはこういう事をするのもいいもんだな。俺じゃ思い付きもしなかったよ」 入れ物から取り出した苗を、ぽっかりと口を開けている穴へと収めていき、土をかけて側面から埋めていく。 手元を見つめながら一人言のように話し、向かいからは特に応答もなかったけれど、人知れず咲が顔を上げて視線を注いでいる。 見られている事には気付かず、丁寧に土を寄せ集めては苗を覆い、二つ目の植え付けを不備がないように進めていく。 「お前に出会ってから……、色んな事があったな」 「……そうだな」 「お前はいつも傷だらけで、危ういったらなかったよ」 「悪かったな……」 「騒動が絶えなかったもんなあ。なんだかあっという間に過ぎ去った感じがするな」 「最終的には誰かさんのせいで殺されそうになるしな。ああ、それに頭にくる事も散々言われた」 「あっ……、ははは、そんな事も、あったかなあ……。いや、本当、ごめんな……」 「ふっ、別にいい」 顔を上げれば、プランターを挟んだ先で青年が伏し目がちに笑っており、柔らかな空気を纏っている。 いつの間にか場所を決め、苗を植えるべく土を掘り進めており、少しずつ準備が整っていく。 出会った日の事を、今でも鮮明に思い出せるけれど、気が付けばこんなにも時が経ってしまっている。 彼が居なければきっと、今日というささやかな幸せを守り抜く事なんて出来なかっただろうと、過去を振り返りながら思う。 当たり前に居てくれて、自ら願ってしてくれている事だと理解していても、それでも時おり目の前の青年を縛り付けてはいないだろうかと影が過っていく。 枷になってはいないかと、安寧に浸りきれない心を引っ掻き回し、積年の積み重ねられし業が平穏な暮らしへ溺れきる事を阻止してくる。 本当に罰当たりだとは思っても、なかなか抜け出せずにいる。 「後は水やりか?」 「そうだな……。仮の支柱を立てて終わりだ」 「そうか。手洗いがてら、水汲んでくるよ」 「ああ」 掘り終えた咲が、最後の苗を手にしており、黒い入れ物を取り外している。 暫くは様子を窺い、立ち上がってから踵を返すと、まずは手を洗おうと庭を歩いていく。 すっかり汚れてしまった手を見つめ、土弄りなんてどれくらいぶりだろうと思うも、ここまで本格的に触れ合った事なんて今まで無かったかもしれない。 精々子供達の課題で、夏の間一緒に花を育てたりしたくらいだろうか。 その頃はまだ三人共幼くて、平穏な暮らしを密やかに紡いでいきながらも、気が休まる一時なんて無かったように思う。 「やっぱり簡単には抜けないな……」 そっと、自嘲気味に独白し、黙々と取り組んでいる青年から離れ、水道へと大股に近付いていく。 程なくして辿り着き、しゃがんで蛇口を捻ると水が出て、触れるとひんやりしていて気持ちがいい。 両手を合わせ、汚れを丹念に洗い流していき、次第に綺麗になっていく。 側にはじょうろが置いてあり、軽く中をゆすいでから水を注いでいき、待っている間に土で汚れてしまった蛇口を洗う。 満杯になったところで水を止め、すっかり重たくなってしまったじょうろを持ち上げると、まだ勤しんでいるであろう青年の元へと戻っていく。 溢さないように歩調を緩め、波打つ水面を見つめながら前へと進み、先程までと変わらぬ光景が目の前に広がっている。

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