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「お待たせ」
声を掛けると、手元に集中していた青年が顔を上げ、涼やかな視線を注ぐ。
最後の苗も、丁寧に土へと収められており、プランターから生き生きと顔を覗かせている。
三つ並んで、そよと吹く風に葉を震わせながら、暖かな陽射しを浴びて居心地良さそうに映り込む。
「可愛いもんだな」
「まあな……」
か弱き芽生えは儚くも見え、少し触れるだけでも壊れてしまいそうだ。
咲と言えば、暫くプランターの前でじっとしゃがみ、のんびりと休まる苗を眺めている。
そうして満足したのか、用意していた支柱を取り付け始め、一連の作業もいよいよ大詰めを迎える。
一旦じょうろを置き、一人でせっせと取り組んでいる青年に加勢し、すくすくと育つように願いを込めて柱を埋め込んでいく。
今はまだこんなにも小さく、あまりにも頼りないけれど、きっと惜しみ無い愛情を注がれながら実らせ、家族が幸せそうに微笑んでいる姿が目に浮かぶ。
「水……、そろそろいい」
「お、そうか。じゃあ、掛けますよ~!」
二人がかりな為、支柱の取り付けは程無くして終了し、地面に置いていたじょうろを再び持ち上げる。
相変わらず咲は、プランターの正面にて陣取りながら眺めており、やがて一息ついて尻餅をつく。
うっすらと汗が浮かんでおり、長らく集中していて疲れたのか、風を浴びて気持ち良さそうにしている。
そのような彼を視界に収めつつ、傾けたじょうろからさらさらと水を注いでいき、お腹一杯になるまで恵みを与えていく。
陽光により煌めきを帯び、美しき雨は葉を濡らして土へと染み込み、尚も丹念に降り注がせていく。
一部始終を眺め、寡黙な青年は水浴びを楽しむ苗を前に、身動ぎもせずに座り込んでいる。
飽きもせずに視線を注ぎ、静やかな青年は今何を想っているのだろうか。
「これくらいでいいかな。どう思う?」
「いいんじゃねえの」
十分に濡らしたところで、水やりを止めて咲を見れば、プランターから視線を外さずぶっきらぼうに返答される。
「そうか。それならこれで終わりだな。お疲れ様、咲」
晴れて全工程が終了し、じょうろを片手に咲へと笑い掛ければ、間を置いてから「ああ」と小さく遠慮がちに返ってくる。
口数少なく、座して安らいでいる咲を見て、片付けをしてしまおうとスコップも手にする。
じょうろと同じ置き場所へと持っていき、土に塗れていたので水で洗い流し、壁へと立て掛けて乾かす。
戻ると咲が、いつの間にか立ち上がって片付けに参加しており、要る物と要らない物を選別している。
特に何にも言わず、自然と協力して庭を片付けていき、やがてプランターだけが其所には残る。
その内子供達も帰ってくるだろう、物珍しそうに苗を取り囲んでいる姿が自然と思い浮かぶ。
「楽しかったな」
佇んでいる青年を見つめ、柔らかな陽射しを浴びながら微笑む。
「そうだな……」
一目見て、そうしてすぐにも視線は逸らされ、彼はぼんやりとか弱き苗を遠くに眺めている。
「お前と……、もっと共有出来るものが欲しかったんだ」
「ん?」
「どうして始めようと思ったか……、さっき聞いてきただろ」
「ああ。俺と……?」
ぼそりと呟かれ、反芻させながら改めて見つめると、咲が恥ずかしそうに頬を染めている。
つい明かしてしまったような、言ってから照れて後悔している様が見て取れ、居たたまれずその場から立ち去ろうとする青年の腕を思わず掴んでしまう。
「咲」
「放せって……」
「放したくないな。おいで……」
いとおしそうに見つめ、温もりを感じながら声を掛けると、戸惑うような視線を投げ掛けられる。
ほんのりと頬を染め、立ち去りたくても腕を取られて叶わず立ち尽くし、どうしたら良いものかと黙ったまま困惑している。
咲、と背中を押すように再び名を紡ぐと、視線を泳がせながらもおずおずと一歩を踏み出し、素直に甘えられず躊躇っている。
「ありがとう、嬉しいよ。俺の事を考えてくれて」
「別に……、礼を言われるような事なんか……」
「咲……、今幸せか」
「え……?」
「お前を苦しめてはいないか……? 窮屈な思いをさせていないか……? 俺の想いは、重くはないか……?」
「秀一……?」
腕を掴んでいた手を、髪へと移動して触れる。
気が付けば紡がれていて、そのような事を言って困らせるつもりなんてなかったのに、時はすでに遅い。
咲は案の定、窺うような視線を向けており、何と答えるべきか言葉を探しているのだろう。
「どうしたんだ……?」
「悪い、変な事言ったな。忘れてくれ」
「秀一……」
「そろそろ中に入ろうか。子供達も帰ってくる頃かな」
無理矢理に取り繕い、引き留めておいて今度は自分が居たたまれなくなってしまい、間髪入れずに言葉を紡いで視線を逸らす。
自分でも何をやっているのだろうかと呆れ、余裕が無くて情けない。
咲から手を離し、立ち去ろうと踵を返せば腕を掴まれ、引き寄せられて温もりが触れてくる。
「咲……?」
「俺は……、お前と居られて幸せだ……。重いなんて、苦しいなんて、そんな事思ったこともない……」
ぐっと、想いの深さを表すように抱き締められ、胸がじんわりと熱くなる。
きっと、顔をうずめている彼は今頃頬を熱くして、それでも素直に告げてくれているのかと思うと、いとおしくてたまらなくなる。
「ごめんな……」
「なんで、謝るんだ……?」
「戸惑わせただろう。だから……」
頬を擦り寄せると、柔らかな髪が触れる。
頭を撫でながら紡ぐと、咲の手の平が胸元へ触れ、次いで控え目に問われる。
返事をして、けれども途切れて沈黙が訪れてしまい、何と続けたら良いものか分からなくなってしまう。
唇を開いて、言い掛けても結局形には出来ず、伏し目がちに咲を抱き寄せる。
だから、その後に続けるべき言葉は、継ごうとしていた台詞は何だろう。
「中……、入ろうか」
静寂に抱かれて、自分でもどうしていいか分からなくなり、空気を変えようと声を掛ける。
応答は無く、ただじっと頬を寄せながら触れられていて、微かに撫でるように胸元で指が動く。
無理矢理に離れる気は無く、咲の様子を窺いながら髪へと指を絡ませ、それきりまた会話が途切れて暫しの時が流れていく。
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