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「ったく、手間ばっかり掛けさせやがって……。大体お前はいつもいつも何でああいう……」 「まあまあ、楽しかったんだからいいじゃん! ね~! 颯ちゃん!」 「だから颯太を巻き込むんじゃねえ! アイツを見るな、颯太!」 静寂に抱かれていると、何処からともなく賑やかな声が聞こえてくる。 外壁により姿は見えないけれど、どうやら三人仲良く帰ってきたらしい。 声と、足音が徐々に近付き、顔を合わせるのも時間の問題というところで、咲が静かに離れていく。 「あ! たっだいま~! ちょっとぶり! つうか二人とも何やってんの!? そんなところでボケッ~と突っ立ってさ~!」 「……ただいま。何やってんの? つうか、うるせえ! 隣で騒ぐな、バカ瑛介! 耳が痛ェんだよ!」 「咲ちゃ~ん! 父さん、ただいま! お土産買ってきたよ!!」 玄関へと辿り着き、おもむろに顔を向けた瑛介が気付き、朗らかに手を振りながら声を掛けてくる。 次いで桐也、颯太と足を止め、順に声を上げては此方の様子を窺っている。 「おかえり。楽しかったか?」 見つめれば、一様に笑顔で答えられる。 「あ、つうか何あれ!? 何か見慣れねえもんがある!」 「ん……? なんだアレ。何か育てんの?」 「え? あ、本当だ! なになに!? 何を育てるの!?」 程なくして、背後にて佇んでいたプランターに気が付き、一斉に声を上げてぞろぞろと庭にやって来る。 物珍しそうに取り囲み、しゃがんでみたり、中腰になってみたりと様々に、これから育まれていくであろう可憐な命を眺めている。 「咲ちゃん! これ、何!?」 「……ミニトマト」 「ミニトマト!? うわ、やった~! トマト大好き! 可愛いなあ、俺も水やりするね! 楽しみだな~!」 正体を知り、目を輝かせた颯太が前へと陣取り、か弱き芽生えを観察する。 地へと手を付き、そのうち正座して顔を近付け、汚れることも構わずに幼い葉を嬉しそうに眺めている。 遠慮がちにちょんと、人差し指で表面へと触れてみたり、後ろ姿だけでもわくわくしているであろうことが窺え、何だか見ている此方まで和んでしまう。 その様子を、咲は少し離れた場所から眺めていたが、例に漏れず彼もまた、横顔には僅かに笑みが湛えられている。 「マジで!? トマト!? いつ食えんの!?」 「お前の取り分なんかねえんだよ、諦めろ」 「ちょ、なんでよ!? お兄ちゃんはともかく俺には残されんだろ!? この俺には!!」 「何を根拠に言ってんだよ!?」 二人の兄は、相変わらず言い争いながらも小突き合い、何だかんだで仲良くしゃがんで苗を見つめている。 「やれやれ、悩んでる暇なんてないな」 途端に色付き、活気に満ち溢れていく庭を見渡しながら、自然と顔が綻ぶ。 颯太に呼ばれ、特に返答はせずとも近付いた咲が傍らへと腰を下ろし、二人の後ろ姿が映り込む。 桐也と瑛介は、立ち上がっては場所を変え、苗を観察しながら話をしている。 目の前で、和やかな談笑を紡がれて、いつの間にか気持ちが晴れ渡っていく。 またいつ、気の迷いに苛まれるか知れないけれど、少なくとも今はもう、眼前にて立ち込める靄は消えていた。 「みんな、そろそろ中に入ったらどうだ? 後からまたゆっくり見ればいい」 笑顔で呼び掛ければ、返事と共に三人が立ち上がり、楽しそうにしている。 颯太を待ち、彼を挟んで踏み出すと、やがて玄関へと向けて肩を並べて歩いていく。 「よし、俺達も戻ろうか」 見送ってから視線を戻せば、咲はまだ、しゃがんだまま苗を見つめている。 咲、と再度名を紡げば、ようやく気付いたらしい彼が顔を向け、次いでゆっくりと立ち上がる。 「大喜びだったな」 「……そうだな。引くくらい盛り上がってた」 「え!?」 「ふ……、冗談だ。……嬉しかった」 伏し目がちに微笑んで、そうして照れ臭くなったのか、ばつが悪そうに視線を逸らす。 控えめな声は、それでも確かに耳へと残って、心を満たして、じんわりといとおしさが染み渡っていく。 本当に……、敵わないな。 「咲」 「ん……? 何だよ、ん……」 「……愛してるよ。また馬鹿な事を言ったら、遠慮なく叱ってくれ」 唇を重ね、額へと口付けてから離れると、いとおしさを滲ませて微笑む。 躓いても、駆られても悔やんでも、結局は手放すことなんて出来やしない。 元よりそんな気持ちも、持ち合わせてはいないのだけれど。 「おい……、何やってんだよ。こんな……」 「あ、見られなかったよな? まだリビングには入ってきてないな……」 「バカ、遅ェんだよ……。もっと考えてからやれ」 「ごめんごめん。つい、咲が可愛くて」 「あ?」 「ん? という事は……、キスすること自体は歓迎されてる?」 「何でそうなるんだよ、めんどくせえな。ホントめんどくせえ」 「何で二回も!?」 「ハァ……、知らね」 付き合ってられるかという様相で、傍らを過ぎ去っていく咲の頬が、仄かに色付いている事に気付く。 心中を明かしてはくれないけれど、きっと変わらぬ優しさで溢れている。 振り返ると、手を取り合って整えた苗が鎮座しており、僅かに葉を揺らしてはのんびりと過ごしているように映り込む。 きっとこれから、毎日誰かしら庭に出ては育て、観察を繰り返しながら成長を見守り、かけがえのない思い出を連ねていく様が目に浮かぶ。 徐々に夕闇へと移り変わるであろう空のもと、心地好い涼風が庭を駆け抜け、穏やかな笑みを浮かべる。 「ありがとう。これからも宜しくな」 去り行く後ろ姿へと投げ掛ければ、ぶっきらぼうに片手を振られ、顔を向けることなく咲が室内へと戻っていく。 佇みながら見送ると、自身もまた、後を追って一歩を踏み出していた。 【END】

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