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ある晴れた日

「あっ、同じじゃん! 末吉~!」 「うわ……、よりによってお前と一緒とか……。ついてねえ」 熱心に桐也が読んでいたおみくじを、横から瑛介が悟られぬように覗き込む。 どうやら同じであったらしく、指し示して喜ぶ瑛介とは対照的に、傍らでは桐也が肩を落としている。 「そこは喜ぶとこっしょ~! 俺と一緒なんてなかなか経験できねえよ!?」 「一昨年も被ったじゃねえかよ。マジで最悪だ……。呪われてる」 「やっぱ、死ぬ時は一緒って感じ?」 「テメエだけ死ね。今すぐ死ね」 「は~、ひっどい! 聞いた、今の!? なけなしの運もう使いきったな!」 「うるせえよ! まだまだ、これからだ!」 互いにおみくじを握り締めながら、ああでもないこうでもないと言い争う。 見慣れた光景であり、顔を合わせれば憎まれ口ばかり叩き合ってはいるが、これでも兄弟仲はかなり良い。 彼等にとっては挨拶のようなもので、一連のコミュニケーションから些細な変化も感じ取れることだろう。 「ゴミカスお兄ちゃんは置いといて、颯ちゃんは何だったかな~!?」 「ゴミカスはお前だろうが!」 「ちょ、こんな神聖な場所でやめてくれる!? 穢れるから!」 「言い出しっぺはお前だし、ゴミカスなのもお前だ!」 先程から無言で佇み、おみくじを熟読しているらしい颯太に気付いた瑛介が、すかさず声を掛ける。 傍らに立って肩を抱くと、不名誉な呼び方をされた桐也が黙ってはおらず、次男の後を追い掛けていく。 そうして反対側にて立ち止まり、颯太を挟んで二人の兄が覗き込み、驚いた様子で目を見開いている。 「そ……、颯ちゃん……。やべえじゃん」 「うわ……、マジかよ……。颯太、大吉か……」 顔を見合わせながら、二人が感嘆の声を上げる。 颯太といえば、ようやく読み終えたのか顔を上げ、両者を交互に見つめながら柔らかな笑みを湛えている。 「颯ちゃん、スゲエじゃん! 大吉とか! やっべえな!」 「日頃の行いがいいんだなあ、やっぱ。誰かと違って」 「いやいやいや、それ言ったら自分の首も絞まっちゃうんですが? 俺逹仲良し末吉だもんね~!?」 「お前の末吉とは格が違うんだよ!」 「一緒だから! 認めろって~!」 颯太を挟んで、瑛介に満面の笑みで触れられる度に、桐也が心底迷惑そうに腕を振りほどいている。 「俺、大吉なんて初めてかも! 嬉しい!」 両手で大事そうにおみくじを持ちながら、颯太が嬉しそうに微笑んでいる。 小突き合っていた兄逹も、末っ子が喜ぶ様子に自然と頬を緩ませ、いとおしそうに頭を撫でて結果を祝う。 何て書いてあった、と聞かれた颯太が快くおみくじを差し出し、桐也と瑛介が頬を寄せて文字を追う。 黙々と読み耽る兄に挟まれながら、颯太は幸せそうに両者の腕を掴んで様相を見守っている。 「嬉しそうだなあ」 「そうだな」 「咲はどうだった?」 皆で一斉に引いたおみくじを持ちながら、傍らにて佇む咲へと問い掛ける。 「まあまあ良かった」 「お、どれどれ?」 心なしか満足げな咲の手元を覗き込むと、おみくじには小吉と記されている。 「小吉……。つつしみ深いな」 「いいだろ。お前は?」 「俺か? 俺は中吉だ」 「中途半端だな」 「え~、そうかなあ。結構いいと思うんだけどな」 幸先の良い結果に思えたが、咲からしてみればどうやら中途半端であるらしい。 「てっきり俺と同じ中吉かと思って喜んだのに」 「お前と被ったらこの世の終わりだ」 「ええ……、そこまで仰る……」 「凶が出たら少し落ち込んだ。それに比べたらだいぶいい」 「確かに新年早々からお目にかかりたくはないな」 ハハ、と笑いながら肩を並べ、落胆させたくはないが凶が出た時の反応も正直気にはなってしまう。 きっと何でもない顔をするだろうが、意外と咲は心情の変化が分かりやすい。 平然としながらも暫く落ち込むだろうなあと考えると、やはり安堵させられて良かったと感じてしまう。 「それにしてもアイツら同じ結果か。どこまでもワンセットだな」 「そうだなあ。口ではああ言ってるけど、満更でもないと思うぞ?」 「仲いいからな。うるせえけど」 「しかしよくポンポン思いつくよなあ。俺じゃあんなにすぐ言葉が出ないよ」 「それはまあ、歳がな」 「え、なんて!? 俺も頑張ればあれくらい!」 「やめとけよ、見てるこっちが居たたまれねえ」 「き、厳しいなあ」 思わず泣き真似をすると、やれやれといった様子の咲が映り込む。 次いで視線を向ければ、話が一段落したらしい三人が向かってくるところであり、程無くして辿り着く。 「咲ちゃん、聞いて! 俺ね、大吉だったよ!」 「そうか、良かったな」 「咲ちゃんは何だった? あ、小吉!」 「まずまずだろ」 「うん! 俺がついてるから大吉みたいなもんだしね!」 「何だそれ。お前の側にいれば大吉の恩恵にあやかれるってやつか」 「うん! 俺がいるから大丈夫!」 「そうかよ。心強いな」 ふ、と控え目ではあるが、咲が穏やかな笑みを浮かべている。 互いにおみくじを交換して、読みながら時おり声を掛けては、楽しそうにこれからの事を話している。 「やべえ、ちょっと負けてるって! パパりん中吉なんだけど!」 「うわ、マジかよ……。幸先が悪い」 「おいおい、二人してそれは酷いんじゃないか? 俺は幸先いい予感しかしないぞ!」 いつの間にかおみくじを覗いていた二人が声を上げ、好き勝手に喋っている。 普段は喧嘩ばかりしているのに、こういう時は手を組むのだからやりづらい。 苦笑いをしていると、仕舞いにはおみくじを取り上げられてしまい、何やら二人で熱心に言い合っている。 「いやでも、この項目は断然俺のがいい。これは桐也でも太刀打ちできねえ」 「は? て大したこと書いてねえじゃねえかよ」 「こらこら、二人とも。これは勝負じゃないんだぞ。もう少し慎んでお言葉をだな」 諭したところで頷くような彼等ではないが、見ていて飽きないなと顔が綻ぶ。 当たり前の日常が目の前で息づいている事に、心からの幸せを感じている。 昨年も、今年も、来年も、更にその先もずっと、こうして何気ない日々を送れたらいいと切に願う。 「咲ちん、何だった~!? え、小吉で喜んでんの!? 遠慮深ァ……」 「お前より良さそうだからいいな」 「え~ん、咲ちゃんがさらっと毒吐いた!」 桐也に泣き付けば、ざまあみろと言われて相変わらず喧嘩が始まっている。 やれやれ、とは思いつつも笑いが込み上げてしまい、賑やかな家族だなあと毎日が愉快で仕方がない。 また頑張ろう、そう思えるな。 「ほらほら、そのへんにしろよ。そろそろ行くぞ」 「この後どうすんの!? 買い物行っちゃう!?」 「は? 何処にだよ。ゴミカスくんだけ行ってろ」 「ああ、もう。また喧嘩になるから、二人とも」 どちらからともなく煽り始める兄弟を諌めながら、咲と颯太を窺って振り向くと、二人とも会話をしつつ歩を進めている。 暫く見守ると、咲から離れた颯太が駆け出し、すぐにも追い付いて兄の間へと割り込んでいく。 「最強の仲裁が入ったな」 「やれやれ……、大変だったよ。颯太が行ってくれて助かった」 「この数分で老けたな」 「ちょ、そんなことは……、え、ホントに!?」 「ハハ、そんなに気になるんなら鏡でも見てこいよ」 思わず自分の顔に触れると、咲が静かに笑う。 そうして再び歩を進め、先を行く賑やかな三人を視界に収めながら、参拝客で賑わう境内を後にしていく。 「鏡……、鏡持ってる!?」 「持ってるわけねえだろ。いいから、行くぞ」 「うぅ……、咲に嫌われちゃうよお……」 「ハァ……。ったく、冗談だろ。大体、そんなことで嫌いになるわけねえだろ……」 「え、なんて!?」 「なんでもねえよ……、置いてかれんだろうが。さっさと歩け」 【END】

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