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1.芹川さんちのバレンタイン
「咲ち~ん! 見て見て! 今年も大漁!」
視線を向ければ、瑛介が自慢げにチョコレートを広げたところであり、ダイニングテーブルに色とりどりのラッピングが溢れる。
近付いて眺めてみると、カップケーキからチョコトリュフまで種類も豊富で、圧倒的に手作りが多い。
「今年もスゲエ量だな。手作りばっかじゃねえか」
「だろ!? 今、咲ちんが持ってるのがみさきちゃんからで、それがいずみちゃん、こっちはるりあちゃんで、そんでそっちが」
「お前、全部覚えてんのかよ……」
「え? そんなの当然だろ! ちゃんとホワイトデーに返すぜ! 作んの手伝ってね!」
「意外にマメで誠実だよな、お前って……。ちゃらんぽらんに見えて」
「あはは! やだなあ、咲ちん。照れるぜ~!」
だからモテるんだろうなあ、なんて思いながら数々のプレゼントを見下ろし、一つ一つ手に取っては内容を確かめていく。
「アレ? コレ一緒じゃねえか? 二個ある」
「ああ、それね。桐也先輩にも渡して! つって頼まれたやつ」
「桐也か……。じゃあ、もしかしてコレもか?」
「そうそう。桐也ちゃん、愛想悪いからね~! ただのムッツリなのに!」
「誰がムッツリだって、このバカ」
いつの間に帰ってきたのか、気付けば傍らで桐也が突っ立っており、瑛介によって案の定機嫌が悪い。
「おかえり」
「ただいま」
何の気なしに声を掛ければ、むすっとしていながらもちゃんと返事があるので可愛いげがある。
「事実じゃん。あ、だから怒ってんの? はいはい、チョコあげるから機嫌直してね」
「配達ご苦労だったな、お前にしてはよくやった。俺のオマケでチョコ貰えて良かったな」
「え~、いっつもぶす~っとしてる桐也ちゃんがそれ言う~? そんななりでチョコレートなんて貰えたのかなあ?」
「ほらよ」
瑛介の言葉に、無愛想な桐也が持っていた鞄を机上で引っくり返すと、物凄い勢いでドサドサと落ちてそこを埋め尽くしていく。
やはり手作りが圧倒的に多く、心のこもったラッピングがいくつも転がっており、瑛介が貰ってきた物と完全に混ざってしまった。
「げ……。桐也がこんなに貰ってくるなんて嘘だろ!?」
「まあ、俺にかかればこんなもんだな。明らかにお前よりも多い」
「く……。いやでも、数は負けてない! お前より少ないとかありえねえ! これとそれと、あとコレ!」
「おい、それは俺のだ! さりげなく持ってくんじゃねえ!」
どうするんだ、このチョコの山……。
今や桐也の戦利品も広がって大変な事になっており、テーブルの端から端までチョコレートだらけだ。
長男と次男といえば、またどうしようもない争いに発展してプレゼントを一つずつ数えており、お前よりも俺のほうがモテると知らしめたいらしい。
そんな微笑ましい光景に溜め息をつきつつ、まだ止めなくてもいいかと好きにさせていると、背後で扉が開く音がして振り返る。
「あ、咲ちゃん! ただいま!」
学生服を着た颯太が朗らかな笑顔を浮かべ、ちょうど帰ってきたらしい。
「おかえり」
ふ、と自然に笑みを湛えれば、颯太が嬉しそうに扉を閉めてから小走りで近付いてくる。
「みんなで何やってるの?」
「知らねえほうがいいと思うけどな」
「わっ、すごい! いっぱいチョコレートがある! 二人でこんなにあるなんてすごいなあ」
醜い争いを浄化するような笑顔に、つい尊くて颯太の頭を撫でてしまう。
この純粋無垢な弟を少しは見習えよ、お前ら……。
「あっ、颯ちゃん! いつの間に帰ってきてたの!? おかえり!」
「あ……、おかえり。颯太」
暫く眺めていると、ようやく気が付いたらしい二人が手を止め、颯太へと優しい兄の表情を浮かべる。
「ただいま! 二人とも、すごいね! いっぱいチョコ貰ってきたんだ!」
「いや~、参った。お兄ちゃん、モテるからね。颯ちゃんはどうだった? 中学だとあんまそういうのねえかな」
「えっとね~、俺も貰えたんだ!」
瑛介が問い掛ければ、颯太は嬉しそうに鞄を抱え、中から一つ、また一つと取り出して机に並べていく。
初めは微笑ましそうに眺めていた兄達も、数が増す程にだんだんと複雑な表情になり、そんな動向には気付かぬ様子で颯太といえば楽しげにプレゼントの山を大事そうに置いている。
「う……。スゲエな、颯ちゃん。最近の中学生ってマセてんのな……」
「おい……、コレ手紙がついてる……」
「なに!? うわ、待って! こっちもじゃん!」
「負けた……」
「完全に負けた……。颯ちゃんの優勝……」
よく分からないまま決着がつき、二人の兄は沈痛な面持ちでうなだれながら溜め息を漏らしている。
颯太といえば何が起こったのか理解出来ない様子で、兄を交互に眺めてから助けを求めて見上げてくる。
「大事に食わねえとな」
「うん! 咲ちゃんも一緒に食べようね!」
「いいのか?」
「もちろん! 咲ちゃんにもみんなのこと知ってほしいもん!」
「そっか。にしてもお返しすんの大変だな」
「頑張って作る! けど……」
「……分かった。手伝う」
「やった~! ありがとう、咲ちゃん!」
ホワイトデー前のスケジュールがやべえことになりそうだ、と思うもあんまり考えないようにしながら、颯太を放っておけるわけなどないのだ。
よしよし、と素直な颯太の頭を撫でれば、嬉しそうににこにこと微笑んで佇み、自然と和やかになる。
ふ、と釣られて笑みを浮かべた兄達は、貰ったチョコレートを摘まんでは早速包みを解き始め、美味しそうに食べている。
「お、コレうまい。ほれ」
「ん。マジでうめえ。じゃあ、こっちやる」
先程まで言い争っていたかと思えば、今や抵抗もなく貰い物を分け与えており、瑛介の手から当たり前にチョコレートを食べた桐也が感想を述べている。
そうなんだよなあ……、仲はいいんだよな。
つい呆気にとられるも、元より二人は仲がいい。
二人合わせるとすごい量だが、男子高校生の食欲の前ではそれほど脅威ではないかもしれない。
それにしても三人でコレだろ……?
まだ帰ってきてねえ奴がいるんだよな……。
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