129 / 132

2.芹川さんちのバレンタイン

秀一が手ぶらで帰ってくるなんて有り得ない。 恐らく三人に負けず劣らず、今年も目移りするような色とりどりのプレゼントを方々で渡されている。 彼らに比べれば手作りの割合は低いだろうが、その分高価で流行りのチョコレートが勢揃いするので、少しだけ学生諸君よりも期待してしまう自分がいる。 バレンタインが近付くと、決まってテレビでは特設売り場の様子が取り上げられ、某有名パティシエから変わり種までありとあらゆるチョコレートで賑わう。 声を大にしては言えないが、辛いものよりは甘いもののほうが断然好きなので、うまそうだなあと眺めているだけでも十分楽しめる。 実際に食べられたらもっと嬉しいだろうけれど、圧倒的に女性が多い店内をうろつく気にはなれず、たぶん選ぶ前に疲れ果ててしまう。 それだけに秀一が持ち帰るチョコレートには、必ずと言っていいほど一つや二つ気になっていたものが入っているので、そわそわと壁掛け時計を確かめていつもよりも彼の訪れを待ち焦がれてしまうのだ。 「父さん、そろそろ帰ってくるかな?」 「まだじゃねえ? 結構ムラあるからなあ。早い時は早いけど」 「流石に今日は早いんじゃねえの? 絶対いっぱい持たされてんだろうし」 颯太の言葉に、瑛介と桐也が順に答えて頷き、全員が同じ想像をしている。 「なあ、今年もななみちゃんからチョコ貰ってると思う? 顔知らねえけど」 「ななみちゃん言うな。お前なんかよりずっと大人だろうが。にしてもあの人、いつも同じブランドのだよな」 「こだわってんだろ! 桐也くんと違って芯があんの! 確かにアレうめえもんな~! 今年は絶対俺が貰うから! 予約!」 「ハァッ!? お前に食わせるチョコなんかねえ。何が予約だ、ふざけんな。そもそもテメエのじゃねえわ!」 抜け目のない瑛介は大体の贈り主も把握しているようで、自分好みのチョコレートは俺が貰うからと楽しそうにはしゃいでいる。 当然桐也は呆れ、溜め息をつきながら反論するのだが、言ったところで聞かないだろうことは誰もが分かりきっていた。 「ただいま。お、皆お揃いで。なんだか楽しそうだな」 扉が開くと同時に声がして、一斉に視線が集中する。 「父さん!!」 「おかえり!!」 「チョコは?」 颯太が駆け寄ると瑛介が手を振り、桐也が単刀直入に聞いて賑やかな光景が広がり、一層場が和む。 回答を待つまでもなく、両手からぶら下がる紙袋が全てを物語っており、颯太がわくわくを抑えきれない様子で覗き込んでいる。 そんな末っ子に微笑みつつ、室内へと歩を進めた秀一がダイニングテーブルを見て、驚いたように目を丸くして声を上げる。 「お~、すごいなあ。こんなに貰えたのか。去年より多いんじゃないか?」 「ちなみにこっからここまで俺のね!」 「テメエ俺の分を横取りしてんじゃねえよ」 にこやかに指し示した瑛介へと桐也がすかさず訂正し、相変わらず騒々しくああでもないこうでもないと言い合っている。 「でも颯太には敵わなかったらしいからな」 なあ、と秀一を挟んで颯太へと語り掛ければ、照れ臭そうに微笑みながらも嬉しそうな顔が映り込む。 「ねえ、父さんもチョコ貰ってきたんでしょ? 見たい見たい!」 「お、そうなんだよ~。父さんもチョコ貰えちゃった」 「やったね!」 待ちきれずに一方の手から紙袋を受け取り、中を窺いながら歩き始めると、ソファへ腰掛けて一つ一つを目の前のテーブルに並べていく。 それに気付いた瑛介がもう一つの紙袋を秀一から浚い、意気揚々と颯太の隣に陣取ると、鼻歌混じりに一つを取っては机上に並べて着実に数を増やす。 「つうか、なんでこんなに貰えんのかね。不思議だ。そんなにいいか?」 「同感だ。一体何が良くて渡してんだろうな」 「ええっ、そんな。二人ともひどいなあ」 桐也の呟きに思わず反応すれば、秀一が衝撃を受けたように声を上げて悲しみ、その様子が可笑しくてつい顔を綻ばせてしまう。 机上を見つめれば今年も魅力的なチョコレートが並び、外装だけで自然と心が躍るから不思議だ。 端からはいつもどおりだけれど、袋から取り出される度に目で追ってしまい、たった一日で大量のチョコレートが一室に集まってしまった。 「ハッ、待ってコレななみちゃんからだろ!」 「お、さすが。よく分かったな。それは瑛介にってわざわざ用意してくれたんだぞ」 「え、マジ!? コレ俺のなの!?」 「ああ。お前が橘さんからのチョコレートがお気に入りだってことを話してたからかな。今年はお前にって選んでくれたんだ。良かったな」 「え~! なにそれもう告白じゃん! 付き合うしかなくない!?」 「おいおい。まったく……、一応言っておくが橘さんは既婚者だからな、て聞いてないな」 思わず苦笑いを浮かべる秀一をよそに、瑛介は両手で掲げて包装を眺めており、子供のように目を輝かせて相当喜んでいる。 傍らで颯太は良かったねと声を掛け、どちらが弟か分からない光景を眺めつつ佇み、今年も築かれた宝の山へと視線を移す。 「しかしまあ、おモテになることで」 「え……、咲。もしかして妬いてくれてる?」 「バカ言ってんじゃねえよ。こんなにどうすんだ」 溜め息をつきながら見下ろすと、築かれた山の一部から一際目を引く外装が映り込み、それが気になっていたチョコレートだと察するのに時間はかからなかった。 「もちろん大事に頂くけど、とても一人じゃ食べきれないから咲にも手伝ってほしいな」 目が釘付けになっていた箱をおもむろに秀一が取り上げ、微笑みながら渡されて思わず受け取ってしまう。 「自分で何とかしろよ。テメエが貰ったもんだろ」 「そこを何とか」 などと言われてしまえば断る理由もなく、チョコレートを見つめながら口ごもってしまう。 確かコレ……、ドライフルーツとかナッツが乗っかってたやつ……。 中身を思い浮かべてしげしげと眺めていると、傍らからの視線に気が付いて顔を向け、にこりと何処となく嬉しそうに微笑む秀一と目が合う。 「なんだよ……」 「助けてくれる気になった?」 「……しょうがねえな。少しだけだぞ」

ともだちにシェアしよう!