4 / 132

4

「一目で俺の心は決まったよ。……結婚してくれないか?」 「……ん?」 ピ──……と、身体中の全機能が一瞬止まったような気がした。 突然のことに対応出来ず、ぽかんと唇を半開きにして暫しの間は放心状態になってしまう。 「君みたいに綺麗で強くて元気のある子がウチに来てくれたら、子供たちもきっと喜ぶと思うんだ」 「な……なに言ってんだお前、さっきから……」 「何より、そうなったら俺が一番、嬉しいんだけどね」 「なに照れてんだお前!」 ここまできてようやく、とんでもない存在と関わりを持ってしまったと思う。 しかもなにやら、とてつもなく危ない部類に入る生命体らしい。 色んな感情が一気に溢れ、胸倉を掴んでいた手の力も緩み、終いにはアッサリと離してしまった。 「また……、帰ってからゆっくり」 「!? ん……っ!」 ピシリと再び、動きを止める全ての機能。 先程からペースを乱されているのは、きっと気のせいだと思いたい。 「なっ……」 そっと重ねられ、すぐにも離れていった唇。 「あぁっ! やばい遅刻だっ! それじゃっ、また後でね!」 呼び止める余裕もなければ、殴り倒す余裕もない。 秀一と名乗った男は、腕時計を確認すると慌ただしい様子で家から出て行った。 今さっき初めて出会ったような者の家へ、当然のように何故か一人取り残される。 「……一体、なにがどうなってんだ……」 放心状態を続けながら、暫くはただ玄関を見つめていることしか出来なかった。 「て、なに考えてんだあの野郎……!!」 やっとのことで自分らしさを取り戻した頃には、一体どれだけの時間があれから過ぎていたことだろう。 「なんなんだアイツは! わけわかんねえことばっか言いやがって……!」 しんと静まり返る家の中、誰に構うこともなく大声を張り上げながら、髪を掻き上げようやく足を踏み出す。 「荒らすぞこの家……!」 クソ親父と文句を言うには、あまりにもその言葉からかけ離れた感じであったし、なにより若々しく紳士的な雰囲気に包まれていた。 それでいて、育ち盛りの息子を3人も抱えている父親。 ここに居るのは、奴らだけか? 開け放たれていた扉から居間へ入り、辺りを見渡しては物色していく。 金目の物でもあれば盗って逃げてしまおうかとも思うけれど、生憎しっかりと面が割れている。 何を盗むつもりもないのだから、いらない考えなのだけれど。 「……仲良し家族ってやつか」 棚の上に飾られた幾つかの写真立てが目に留まり、気付けばボソりと呟いていた。 そこには家族で笑う姿が写し出されていて、すぐにも目を背け逃げるようにその場を後にする。 「あの野郎……、頭オカシイんじゃねえのか……」 家族の温もりが溢れる室内、足は自然と玄関へ向かっていく。 こういう雰囲気の中には、居たくない。

ともだちにシェアしよう!