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「一目で俺の心は決まったよ。……結婚してくれないか?」
「……ん?」
ピ──……と、身体中の全機能が一瞬止まったような気がした。
突然のことに対応出来ず、ぽかんと唇を半開きにして暫しの間は放心状態になってしまう。
「君みたいに綺麗で強くて元気のある子がウチに来てくれたら、子供たちもきっと喜ぶと思うんだ」
「な……なに言ってんだお前、さっきから……」
「何より、そうなったら俺が一番、嬉しいんだけどね」
「なに照れてんだお前!」
ここまできてようやく、とんでもない存在と関わりを持ってしまったと思う。
しかもなにやら、とてつもなく危ない部類に入る生命体らしい。
色んな感情が一気に溢れ、胸倉を掴んでいた手の力も緩み、終いにはアッサリと離してしまった。
「また……、帰ってからゆっくり」
「!? ん……っ!」
ピシリと再び、動きを止める全ての機能。
先程からペースを乱されているのは、きっと気のせいだと思いたい。
「なっ……」
そっと重ねられ、すぐにも離れていった唇。
「あぁっ! やばい遅刻だっ! それじゃっ、また後でね!」
呼び止める余裕もなければ、殴り倒す余裕もない。
秀一と名乗った男は、腕時計を確認すると慌ただしい様子で家から出て行った。
今さっき初めて出会ったような者の家へ、当然のように何故か一人取り残される。
「……一体、なにがどうなってんだ……」
放心状態を続けながら、暫くはただ玄関を見つめていることしか出来なかった。
「て、なに考えてんだあの野郎……!!」
やっとのことで自分らしさを取り戻した頃には、一体どれだけの時間があれから過ぎていたことだろう。
「なんなんだアイツは! わけわかんねえことばっか言いやがって……!」
しんと静まり返る家の中、誰に構うこともなく大声を張り上げながら、髪を掻き上げようやく足を踏み出す。
「荒らすぞこの家……!」
クソ親父と文句を言うには、あまりにもその言葉からかけ離れた感じであったし、なにより若々しく紳士的な雰囲気に包まれていた。
それでいて、育ち盛りの息子を3人も抱えている父親。
ここに居るのは、奴らだけか?
開け放たれていた扉から居間へ入り、辺りを見渡しては物色していく。
金目の物でもあれば盗って逃げてしまおうかとも思うけれど、生憎しっかりと面が割れている。
何を盗むつもりもないのだから、いらない考えなのだけれど。
「……仲良し家族ってやつか」
棚の上に飾られた幾つかの写真立てが目に留まり、気付けばボソりと呟いていた。
そこには家族で笑う姿が写し出されていて、すぐにも目を背け逃げるようにその場を後にする。
「あの野郎……、頭オカシイんじゃねえのか……」
家族の温もりが溢れる室内、足は自然と玄関へ向かっていく。
こういう雰囲気の中には、居たくない。
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