8 / 132
8
いつからだろう、1人を望むようになったのは。
無愛想で気が短く、態度も悪ければ誰彼構わず喧嘩に明け暮れるような存在で、一般的に敬遠されるタイプだ。
そうなれば周りも影響を受け、いつしか家族は腫れモノにでも触るかのように、余所余所しく接するようになっていた。
接触を避けていた時のほうが、遥かに多かったと思うが。
「……なんでこの俺が、こんなとこで飯作ってんだ……」
今ではもう、すっかり居場所をなくした家や家族をふと思い出してしまい、別にどうだっていいことだけれど頭の隅に残った。
所詮、その程度なんだよ。
「……俺が食っちまいてえ」
家族と食事を共にすることもなくなっていた為、ふらりと帰ってきては台所を使い、自分が食べたいものを用意していた。
それだけに望まなくとも磨かれていた腕、なかなかの料理上手らしい。
俺が食べんだから、うめえに決まってんだろが。
「……だからってなあ、なんで奴らの為に俺がこんな……」
ふとした拍子に蘇る過去の記憶を追いやりながら、何故こうもせっせと料理に没頭しているのだろうと疑問に感じる。
なんなんだ、どういうつもりなんだテメエは。
こんなもん作って、俺は一体どうするつもりだ……?
「……どうって、どうも出来ねえだろ」
少しは悪気と言うものが芽生えていたからこそ、男所帯のようだし料理位特別に作っておいてやろうかと、思い始めとられた行動。
しかし、今朝言われた言葉やされたことを思い出してピタリと止まる。
「……なにしてんだ俺。さっさとこんなとこ出ちまおう」
ほぼ出来上がっていた料理を捨てる気は更々なく、このままの状態にしてさっさとこの家から立ち去ることを思いついた。
素性なんて何も知らないだろうし、まあせいぜい他の奴にでもまた、同じセリフを吐いてりゃいい。
「そうと決まればとっとと……」
ガチャリ
「あっ」
「あ……」
声を出したのは、ほぼ同時だった。
「ただいま」
「お……お帰り」
そしてすぐにも押し寄せる後悔。
半分つられてとは言え、お帰りはねえだろ。
困惑しながら廊下で立ち尽くす姿を気にすることもなく、平然といつも通りという感じで靴を脱いだ颯太。
廊下から今さっき出てきた居間の壁に掛かっていた時計を見ると、すでに夕方になろうとしている時間だった。
誰が帰ってきても何もオカシクはない時間、と言うことだ。
「ん、いい匂い」
「え……」
鼻をくんくんとさせながら、マイペースと言う言葉がよく似合う颯太は躊躇いもなく近づいてきた。
「……何してんだお前」
普通なら怖がって遠巻きにするだろうと思うのに、そんな仕草や何かは微塵も見せず颯太は胸元へとすり寄ってくる。
「うまそうな匂いがする~」
「……なに馬鹿言ってんだ」
こんな奴放ってすぐにでも立ち去ればいい、けれど出来ない。
どうやら俺は、この颯太と言う奴にはそういうことが出来ないようだ。
「今日の夕飯、なあに~?」
10cmは低いだろう身長の颯太は、上目遣いで穏やかな笑顔を見せる。
「……知りたきゃ自分で見て来い。いつまでもくっついてんじゃねえよ、いい加減離れろ」
「行くって、何処へ?」
「お前には関係ねえだろ」
無理やり引き剥がすようにして身を離し、振り返りもせずに玄関へと足早に向かう。
「よくないよ。ちゃんと御飯も作ってくれたんだし、父さんと結婚するっていうことなんでしょ?」
「っんでそうなんだよ!!!」
聞き捨てならないことを言われ、靴を履こうとしていたところでキッと振り向く。
だが鋭い双眸に怯むこともなく、颯太はゆっくりとしかし力強い足取りで近づいてきた。
「今出てったら、もう戻って来ない。……そうでしょ?」
「それは……」
そんなの、当たり前じゃねえか。
ココは俺の家じゃねえ、俺の居場所なんて何処にもない。
だから、当然だろ?
「今朝会ったばっかりかもしれないけど、俺はね……ココに居てもらいたいんだ」
「なに言って……」
真っ直ぐな瞳に捕らわれ、情けないことに身動き一つとれなくなっている。
「この俺が認めたんだもん。だから咲ちゃんはね、ココにいていいの。ううん、いて?」
「認める……? それよりお前、なんで名前……」
「ふふ、結構有名なんだよ? まあ、気にしないで」
「……」
「俺、寂しいんだ。みんな凄く優しいけど……でも俺……」
「……」
そして情けなくも、まんまと家から出られなくなってしまう。
ともだちにシェアしよう!