9 / 132
9
「……美味い!! 料理も上手いなんてもう……! あまりの美味しさと幸せに涙が出てくるなあ!」
「……」
目の前で繰り広げられている展開など、全く望んではいなかった。
気付かれぬようそっと視線を向ければ、本当に美味しそうに箸を進める秀一の姿が目に入る。
「すげえ意外だけど……美味い」
「俺らに悪いと思ってこんな美味しいもん作ってくれたなんて!! ったくもう咲ちゃんてば可愛い奴~!」
「……んなこと別に思っちゃいねえよ」
同じく箸を進めながら、それぞれの素直な気持ちが唇から零れ落ちてくる。
「だろう? と言うわけで、これから息子ともども宜しくお願いします」
「なっ! 馬鹿かお前……!!」
だからなんでそうなんだよ……!
もうどうしたらいいのか分からず混乱を深めるばかりで、いい策など何一つとして思いつく気がしない。
複雑な心境に駆られパニック状態、箸を握り締めながら黙り込んでしまった姿を見て、隣に座っていた颯太が顔を覗き込んでくる。
「咲ちゃん。俺ね、咲ちゃんのこと好きだからいて欲しい」
「……颯太」
迷いのない眼差しに絡め取られ、唇から滑り落ちた声はどこかか細い。
何故こんなにも颯太に対し態度を弱まらせてしまうのか、それはなにか懐かしい記憶を呼び戻すようだった。
「おっ? 父が先に言われて落ち込んでいます」
「バ~カ親父」
向かい側で繰り広げられている暢気な会話は放っておき、どうしてこんなにも颯太には甘くなってしまうのかを考えていた。
「俺、料理とかだって手伝うし。咲ちゃんに任せっきりなんてことしないから」
真っ直ぐな瞳は、この身を捕らえ決して離そうとしない。
純粋に自分が必要とされていることに、不覚にも打たれていく心。
懐かしい、何処かで。
浮かび上がる姿は幼い弟、いつでも後をついて離れなかった。
いつからだろう、背を向け別の道を歩いていくようになったのは。
こんな兄貴を持ったこと、嫌で仕方ねえだろ?
消えてなくなればいいって、きっと……
「さ、咲ちゃん……?」
「……?」
気が付けば場はしんと静まり返っていて、瞳に映される表情は一様に驚きで彩られている。
全ての視線はこちらに向けられていて、一体なにが起きているのか状況を把握することに苦しむ。
「どうしたの? なにか悲しいこと……あった?」
「なに言って……」
言葉の意味が、全く理解出来ない。
「泣いてんぞ、お前」
「……え?」
桐也の言葉に、そっと指先を自分の頬に這わせた。
「!!?」
瞬間、ハッとする。
なんで涙なんか……!
しかもこんな奴らの前で……、なにがどうなってんだ……!
「なっ……」
ふらつく身体をその場に立ち上がらせ、考えるより早く動いていた足。
「ええっ!! 一体どうしたっつ~んだよ!?」
瑛介の慌てた言葉、その後のやり取り、全ては耳を通り過ぎるだけで、頭の中には何も残らなかった。
ともだちにシェアしよう!