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「オッサ~ン、この人数に対してなに言っちゃってんの? これ、明らかに殺されんのはアンタのほうだし」 これまで執拗に触れては追い上げていた手をようやく離し、秀一に向き直った男は嫌味な笑顔を浮かばせる。 確かに、10人強はいるだろうこの人数に対し、秀一1人相手では分が悪い気がする。 それに、見た目が幾ら若いと言っても、体力やなにかに埋められない差が出てくるだろう。 「……オッサン。ちょっとショックだな。まあでも君たちからすれば、そう言われても仕方ないよな」 ふう、と一つ溜息をつきながらも、なんでもないことのように振舞う。 けれど実際は、あれでも結構ショックを受けているらしい。 「ああ、それとも何? お前も混ざりてえの?」 「ん?」 なに言いやがるテメエと思いつつも、ひとまずは黙って言葉を流す。 「……お世話になったみたいだね、咲が」 そして場を包み出した空気に、急激な肌寒さを感じたのは気のせいだろうか。 「引退して結構経つから動けるかどうか不安だが、……まあ、問題はないだろう」 「はあ? なに言ってんだよバカ?」 段々と目も慣れつつあったのか、秀一が現れて間もなかった頃に比べれば、だいぶ見えるようにはなっていた。 街灯の淡い光を浴びながら闇に佇む男の表情には、いつの間にかあれ程居座っていた笑顔は消え去っている。 「うるせえな。いつまでも調子に乗ってんじゃねえぞ、このクソガキが」 瞬間、辺りへ響いた驚く程冷淡な声に、ゾクりと背筋が騒いだ。 「なっ……」 その後の展開、眼前に広がる光景をただ情けなく口を開け、全てが終わるまで見ていることしか出来なかった。 まさに一瞬の出来事、と言ってもいい位なのかもしれない。 凍てつく程の冷たい表情を見せたかと思えば、素早く間合いを詰めた身体から鮮やかな蹴りが飛ぶ。 どこにでもあるはずの喧嘩を食い入るように見つめてしまい、知らず知らずの内に魅了されていく。 隙のない美しい型、呼吸を忘れる程に見惚れた。 「大丈夫か? 咲……」 あっという間の出来事で、我に返って辺りを見れば静寂の中、意識を失い倒れ込んでいる変わり果てた姿があった。 地面に両膝をつき、両手が土の上に置かれていたことにも気付かず、目の前の光景を暫くは見ていることしか出来ない。 知らぬ間に目と鼻の先にいた秀一に、驚きを隠せず動揺してしまった。 「!! いきなり現れんじゃねえ! 気持ちわりいな!」 「ショックだなあ。来るのが遅くなってごめんな……?」 本当に申し訳なさそうに言葉を紡がれ、どう対応していいのか困ってしまう。 来てくれなんて誰も頼んでねえじゃんか、来る義務だってねえのに。 大体、昨日今日会ったばっかなんだぜ……? 別に……、俺は…… 「つうかテメエ……、情けねえふりして随分つえぇじゃねえか……」 「えっ? いやあ、そんなことはないよ。決して」 「……ぁんだとコラ。あれで強くねえならなあ……テメエの蹴り一発でブッ倒れた俺は一体なんなんだろなあ……」 「あれ、まだ根に持ってる……?」 足技であれば特に、他の誰にも負けなければ敗れるはずがない。 けれど、今の自分では目の前に存在しているこの男には勝てないと、すでにどこかで悟ってしまっている。 同じ蹴りの使い手でも、自分のものとは明らかに異なっていた。 ……クソ、腹立つぜ。こんな頼りねえ奴なのに……。

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