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「おっ~し! 祭だ祭だ~! 焼きそば! リンゴ飴! 焼きとうもろこしに金魚すくい!!」 「大声出してんじゃねえよ、バカ瑛介。つうか今言ったやつ、全部食えよ?」 しぶとく最後まで抵抗したのだが、3対1ではどうにも分が悪過ぎた。 後の1人は中立に居たけれど、どちらかについたところで結果はすでに見えていて、どうにもなりはしない。 それでも諦め悪く直前での逃亡を考えたりもしたのだが、長男と次男の声が側で聞こえる展開に収まっていた。 チッ……、なんでこの俺が……。 「お~お~! そんくらい余裕だな!! ……ん?」 「あ~、そうかよ。言ったな? 言っちゃったな? 食えよ? マジ食えよ?」 境内へ続く長い参道を挟み、遥か彼方まで立ち並んでいる出店の群れ。 一体何処からこんなにも集まってくるのかと驚いてしまう程、辺りは多くの人で賑わっている。 「き、金魚……! あ~……、じゃあもちろん桐也お兄ちゃんも食ってくれるよなあ?」 「ざけんな。お前と一緒のもんが食えるか」 ふと仰ぎ見た空に輝く満天の星、一帯を淡く包み込む月光。 「まったまたー! そんなに恥ずかしがんなってクソ兄貴ッ!!」 「クソはテメエにこそ似合いだバーカ! おめーの存在のがよっぽど恥ずかしんだよボケッ!!」 様々な人が行き交い、途切れず響き渡る活気に満ちた声と、誰もが浮かべている笑顔。 こんな雰囲気は、久し振りだ……。 「やんのか~? 桐也ちゃんよ~!」 「あ? やんのかコラッ! 泣かすぞオメーッ!」 ……ったく、いちいちめんどくせえ野郎どもだな……。 「うるっせんだよガキどもォッ!! そんなに喧嘩してえならテメエらまとめて今すぐ俺が相手してやろうじゃねえか、あァッ!?」 ギャーギャーギャーギャー、後ろで騒ぎまくりやがってガキかテメエら。 プツンと軽快に我慢の限界へ到達し出た一喝に、どうやら休戦協定が結ばれたらしく途端に静かになる。 ったく……、んなとこまで来てつまんねえことやってんじゃねえ。 舌打ちと一睨みをきかせてから、再び前へと視線を戻す。 「咲ちゃん、なに食べたい?」 「あァ? ……知るか」 隣を歩いていた颯太、目線を上げて嬉しそうに問い掛けてくる。 なに食いてえって……、んなもん突然聞かれたって知るか。 「颯太! コイツなんとかしろ!! マジでうぜえ!!」 「いや桐也のがうぜーだろ! 颯ちゃんはいつだって俺の味方だよなあ~!」 食欲をそそる匂いがあちらこちらから漂い、どこか懐かしい気分に浸らせる場の空気。 「もー! 俺を巻き込まないでよ~! またいつものくっだらない喧嘩だろ~!」 なんだかんだと言いつつも仲の良い兄弟、颯太も口では迷惑そうに言ってはいるが、顔は全く怒っていない。 何か食べるつもりらしく向かう出店の先、なんとなくその様子を視界に入れながら辺りをぐるりと見渡した。 「……すげえ人」 人混みは鬱陶しいけれど、その中を歩くことは別に苦ではない。 己の存在を紛らわすには、誰かも分からない人々で溢れるこの波は、丁度良いものだと思うから。 「……」 暫し物思いに耽り、再び仲の良い兄弟3人へと視線を向ければ、心底楽しそうに笑い合う姿が映り込む。 詳しい事情など今の今まで一切聞かず、何者かも知らないはずなのに、ずっと居て欲しいなんてふざけたことを紡いでくる。 こんな得体の知れない野郎をよくもまあ、平気で置いとけるもんだよな。 かといって、なんだかんだと言いつつ住み続けてしまっているほうもどうかという話だが。 まあ……別にな、家に帰ったところでなにがあるってわけでもねえし。 奴等の家は、単なる「都合の良い場所」ってだけだ。 「おお! うっめえ! これ超うめーぜ!」 「マジで? つうかお前なに1人で食ってんだ、この馬鹿。よこせやアホ瑛介」 「俺も俺も~!」 兄弟3人、仲の良い光景をぼんやりと眺め続けながら、ふいに視線を今来た道へと向ける。 浴衣、甚平と祭らしい服装で歩いている者が多くいた中で……。 「!!」 この祭という雰囲気には、およそ似つかわしくない面々。 5、6人で足を進め、その群れの中心には見覚えがあった。 名前なんかいちいち覚えてねえし興味もねえが、記憶に残るに十分過ぎる程のインパクトをあの男は持っている。 それは、ピアス。 顔の至る所に飾り付けられたソレが、その男の歪みを十分に表している。 「めんどくせえのがいやがるじゃねえか……」 遠い過去に沈めたはずの存在と、こうしてまた同じ場の空気を吸っている。 負けてやる気は当然ねえ、けど……。 しなくていいもんなら、別にしてえと思わねえな。 ……チッ、たまたまそんな気分なだけだ。 「……き」 面倒な争いとなる前に姿を消そうと、ごく自然に彼等へそっと背を向ける。 参道から逸れようかとも思ったが、人の往来が激しい場のほうが見つかりにくいと考えた。 これは別に逃げじゃねえ、あんな野郎どもの相手してやれる程、俺は暇じゃないんでな。 「咲?」 「!?」 そう沸々と思考を巡らせながら歩み始めれば、ふいに肩へと手を置かれ、不覚にも驚きを身体に表してしまった。 「……ぁんだよテメエ」 隣を見れば浴衣を纏う秀一が居て、いつもとはまた違う印象を持たせる。 ニコりと悪意のない笑みを浮かべながら、見つめてくるその瞳が未だに苦手だった。

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