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「大丈夫か?」
「はあ?」
「怖い顔してたからさ」
「ふん……、悪かったな」
「え? ……ああっ! 違う違う! そういう意味じゃなくてだな!」
「あァ? だったらどういう意味だ? 聞かせてもらおうじゃねえか」
この先もう、二度と会うこともないだろう何人もの存在とすれ違いながら、必死に弁解を繰り広げている秀一の言葉を聞き流しつつ、境内へと徐々に向かう。
おかしな奴だ、そんな焦って言い訳する必要なんか何処にもねえのに。
怖いなんて言葉は、言われ慣れてんだよ。
「……ほっといていいのか。アイツら」
激しく変わる人波を進みながら、ふと思い出したことだった。
行動を共にしていたわけでもなく、当然のことながら見失っていた3人。
いようがいまいが別に気にしちゃいねえが、いちおう話を振ってみる。
「ん? 桐也がいるしな。それにもう、みんな子供じゃないからな」
「……そーかよ」
フッと穏やかに笑いながら視線を向けられて、何故か即座にそっぽを向いてしまう。
心の底から子供を信頼し想う姿、どうしてお前はそんな生き方が出来る?
「それにしてもなあ……」
「……んだよテメエ。なにジロジロ見てんだ」
秀一の思考など理解出来るはずもなく、それは行動に対しても一緒のこと。
「着て欲しかったなあ、浴衣……」
「あァ? ふざけんじゃねえぞテメエッ……、なんでこの俺がそんなもん着なきゃならねえんだ」
「絶対似合うのになあ、勿体無い……」
「るせえっ」
隣で騒ぎ立てる秀一から逃れるように早足で進んでいきながら、目指していたわけでもない境内へと向かっていく。
「次は一緒に着ような」
「次なんてこねえよ。この馬鹿」
けれど引き離そうとしても広がらない距離、ニッコリと笑みを浮かべながら隣を歩き、何事もなく歩調を合わせてくる。
そんな現実に苛立ちを募らせ、口調荒く秀一に悪態をついてみるが、望む展開へ繋がる様子は全く無い。
今更ながらまた、一緒に来てしまったことを後悔した。
「あっ!!」
「!? て、おいテメエ突然なにすっ……!」
と、ここで何か思い出したように秀一が声を上げ、一体何事かと思う。
そして次には手を捕らわれ、人ごみの中をぐんぐんと進み出す。
「……っにすんだよテメッ! 離せコラッ!」
「いいからいいから」
「良くねえんだよ!」
なんでこの俺がテメエみたいなもんと手なんか繋がなきゃならねえんだ……!
振り解こうと足掻いたところでどうにもならず、人と人との間をすり抜けていきながら、まるで迷路のような群れの中を突き進んでいく。
「おっ。あったあった」
「い、……っつまで握ってんだよっ!!」
「いてっ。残念、もっと繋いでいたかったのに」
「っざけたことばっか言ってんじゃねえっ……」
真後ろでは人が行き交う、そこから一歩抜けた前ではしゃがみ込み、何かに熱中している子供たちの姿が瞳に映り込む。
未だにしっかりと握られていた手を思いきり振り解き、油断していた秀一の足へと蹴りを一撃決める。
痛そうな言葉の割に全く痛がっているように見えず、もう少し力を入れておけば良かったと軽く舌打ちした。
「おっちゃん、2人ね」
「あいよっ!」
そう思っている間に身を屈め、空いていた所へしゃがむ込む秀一。
そしてこちらに視線を向けてきたかと思えば、隣に来いと手招きをしてくる。
「咲、おいで」
「なんで俺がっ……」
何人もの子供達が夢中になり、立っている目の前で先程から繰り広げられていること。
たっぷりの水を湛えた長方形の中で、優雅にあちらこちらへ泳いでいく無数の金魚。
あの野郎は、俺に金魚をすくえと言ってんのか。
なんでこの歳になってまでそんなもんしなきゃならねえんだよ……。
「ほら。咲の分」
「……」
スッと差し出されたものに、どうすることも出来ず立ち尽くしてしまう。
「よ~し勝負だ。俺に勝てるかなあ?」
「……ぁんだと?」
すると今度は秀一の口から勝負という言葉が紡がれて、不覚にもピクりと反応を示してしまう。
勝負事で負けるわけにはいかねえ。
まあ、負ける気なんかしねえけどな。
「……言ったなテメエ。ふっかけたこと後悔すんなよ?」
「そうこなくっちゃな!」
物凄くいいように扱われた気がしないでもないが、溜息一つで受け取ってから秀一の隣に腰を落とす。
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