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「よーし、はりきっちゃうぞ~!」
「ふん……」
コイツぜってえ元ヤンかなんかだ、染み着いた座り方を横目に密やかな考えを抱きながら、お椀に少量の水をそっと掬いとる。
「勝負……!!」
くだらねえ、そう思う心とは裏腹に、発された言葉を合図に群れをなす金魚へ視線を向けていた。
繊細な表面は薄く脆い為、むやみやたらと水につけてはいられない。
「よし、早速一匹目」
何処から手をつけるか狙いを定めていれば、隣では早くも一匹目を捕らえたらしく、負けず嫌いな性格を刺激するには十分だった。
「……」
「ん? え、もう二匹目か? 上手いんだなあ~」
捕らわれるのを待っていたかの様に、並んで泳いでいた二匹を一度に掬い上げ、特になんの反応も示さず次を狙う。
その様子に気付いた秀一からの言葉が鼓膜を揺さぶるが、何を答えることもなく視線は前だけを捉えていた。
「咲は、金魚すくい得意なんだな」
「別に……」
次から次へと器用に金魚を捕まえていきながら、いつの間にか熱心に取り組んでしまっていた自分に対し、沸々と恥ずかしさが込み上げてくる。
なに、やってんだ俺……。
「そうか。また一つ、咲のことが分かったな」
「……あ?」
理解に時を必要とする難解な言葉を口にして笑う、視線を合わせてしまっていたことに気付いてすぐ、ふいと瞳を逸らし黙る。
やりにくい野郎だ……、金魚に向き合いながら暫くはどうにも出来ず、ただ時を過ごしているしかない。
「……なんだお前、全然とれてねえじゃねえか」
「あっ……、咲に見惚れてたらつい」
「……」
……マジで馬鹿か、この野郎は……。
気にもならない存在のはず、大体そんな趣味はねえ。
考えるまでもなくそれが当たり前のことだと思っていたのに、何故こんなにも気を揺さぶられなければならない。
ワケが分かんねえな、知りたくもねえ。
「よ~し、もうちょいもうちょっ……あァッ!!」
「終わったな」
何故だかまともに顔など合わせられず、気付けば自分の手元にばかり瞳を集中していた。
視界の端では秀一の手が動いていたのを捉えていて、瞬間──。
見事にふにゃりと紙は破れ、開いた穴に水面が映り込んだ。
「咲のはまだいけそうだな」
「……ったりめえ」
はあ、と残念そうに溜息を吐くも次には立ち直り、こちらの手元を覗き込み身体を寄せてくる。
未だ正体を掴めない感情に翻弄されながら、少なからず動揺してしまった手は力を失い、離れポチャりと水に姿を投げ出した。
「あ~! 破れちゃったなあ~」
「……別に」
水面を僅かに漂っただけで穴を開けてしまったが、お椀にはすでに無数の金魚が身を寄せ合っていて、もう十分過ぎるものであった。
「じゃ、これで」
ははっ、と気持ち良さそうに笑いながら2人分のお椀を店主へ渡し、透明なビニール袋に移し入れてもらう。
こんなに金魚ばっかどうすんだ。
大半は俺がとったやつか……。
「でもホント、咲は金魚すくい上手いんだなあ。凄いよ」
そう言って、また柔らかな笑みを向けてくる。
『わ~! すごいすごい!! すごいよ、にいちゃんっ!!』
遠く封じ込められた記憶の狭間で、幼い頃にいつも側で聞いていた声が一つ。
尊敬と信頼に満ち溢れた言葉、かつて掬い上げた沢山の金魚を瞳に映し込みながら、笑みを浮かべ嬉しそうに声を上げていた。
──そう。遠い、昔。
「咲?」
「!!」
不覚にも、ぼんやりとしてしまっていたらしい。
秀一の呼び掛けにハッとして顔を上げれば、そこには心配そうに視線を投げ掛けてくる瞳が見えた。
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