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「桐也! 瑛介!」 暫しの時を歩き、3人と別れた場所に戻ってきていた。 ようやく混雑から抜け、言葉を交わすことなく立ち尽くしていた2人が視界に入り、秀一が駆け寄っていく。 此処へ辿り着くまで、日頃からあれこれと話し掛けてくる秀一が、殆ど口を開かず先を急いでいた。 一体なにが起こっているのか全く把握出来ていない、けれどこの時点で言えることは、確実に良い出来事ではないということ。 「親父……、悪いっ……。俺がちょっと目ぇ離した隙にっ……」 「親父! 桐也はなんも悪くねえ! だから責めんなら俺にしてくれ!」 「違う! 悪いのは俺なんだ……!」 「なに言ってんだ馬鹿! ちょっと黙ってろ!」 呼び掛けに顔を上げた2人、目の前に着いたと思えば息つく暇もなく捲くし立ててくる。 普段からケンカばかりしている兄弟、こうなることで本当の仲がよく見える。 互いを想い合い、そこには深い絆が確かに存在していた。 しかし不思議なのは、颯太の行方が分からないというだけで、こんなにも取り乱していること。 秀一がこの場へ辿り着くまでの様子から見ても、放任主義と思わせた言動からは逆をいくような深刻さだった。 アイツだってもうそんなガキじゃねえだろ。 なんでそこまで焦る必要があるんだ。 「あの頃みてえなことにはもうなんねえって、俺……どっかで安心しちまってたんだ……。だから……、だからこんな事に……!」 普段の強気な態度は掻き消え、不安な心情全てを表に出している桐也。 本当は脆く、弱い。 自分を責め続ける兄の肩を抱き、普段のふざけた様子など微塵も無く、力強く支え続けている瑛介。 想い、真っ直ぐ貫かれる心。 「大丈夫だ。お前達は何も悪くない。俺が必ず見つける」 気を焦らせる息子たちと向き合っていた秀一、普段通りの穏やかな表情がいつの間にか戻っていた。 桐也の肩にそっと手を添え、力強く心地良い低音の声を発し、乱れていた気を落ち着かせる。 「……」 部外者が入り込む隙など一切無い、固い絆で結ばれた家族。 思えば俺は、コイツらのことを何も知らない。 「あの頃」の事を、知り得るはずもない。 過去のことを何一つとして知らない自分に、どこか苛立つこの気持ちは一体なんなのだろう。 「ちょっと探してくるから、桐也のこと頼むな?」 持っていたかき氷と金魚を預け、務めて明るく振舞う秀一に、瑛介はコクりと頷いてみせる。 話を聞いて得られた情報と言えば、過去にも似たような出来事があったというだけ。 この空気から察するに、事態は重い。 でも俺には、なにがどうなってんのかなんて全然わかんねえ。 クソッ……、なんでこんな腹立ってんだ……。 わかんねえけど……、でもなんかイライラしてしょうがねえっ……。 何も、知らない自分に。 「咲も、2人と一緒に居てくれ」 「テメエは何処へ行くつもりだ」 僅かに揺らぎ始めた葛藤を表には出さず、素っ気ないながらも言葉を返す。 「いや、俺も分からないが……まあ、颯太がいそうなとこを片っ端からあたってみるしかないな」 問い掛けに対し、穏やかな笑みを浮かべ答える秀一。 あの中を1人で捜しまわるつもりか? ……ったく、夜が明けんだよ。 「おい」 「……?」 返された言葉には答えず、桐也へ向け視線を注ぐ。 突然のことに、ただ瞳を合わすだけで立ち尽くしている2人。 「持ってろ」 食べかけのかき氷と、秀一の戦利品であった金魚。 差し出してから一拍程置いて、桐也が無言で受け取ったことを合図に、再び秀一へと向き直る。 「いつまで突っ立ってるつもりだ……?」 一連の行動に、驚きの色を隠せないでいる秀一。 2人同様に立ち尽くしていた秀一へ向け、少し手加減をして足を蹴る。 「早くしろ」 ギロりと鋭い睨みをきかせ、此処に残るつもりはないという意思を告げた。 「……そうだな。行くか」 そして照れくさそうに笑いながら、頷き言葉を掛けてくる。 「2人は先に帰っててくれ。瑛介」 「ああ。分かった」 次いで穏やかに紡がれた秀一の言葉に、瑛介は力強く頷いてみせた。 「気を付けてな」 「親父と咲もな」 順に顔を見ながら言う瑛介、落ち着いた態度にどこか大人びた印象を受けた。

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