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──累羽
目の前で口端を吊り上げ笑う、その男が呼ばれている名前だった。
関わるとろくな事がない、それは矢張り今でも変わらないらしかった。
「大体、誰がテメエなんか可愛がんだよッ……」
たまにピリッと痛む腕、それに気付かないフリをして、微笑む累羽へと視線を向けていた。
「ハハハッ! 可愛がってくれたじゃねえか?」
放った言葉に対して、この場に響き渡るような笑い声を上げる。
闇にどっぷりと支配された雰囲気に溶け込み、未だになにを考えているのか予測しかねる存在なだけに、実体のない幽霊や何かより余程薄気味悪いと感じた。
「ヤるだけヤッて、いつの間にか消えやがって」
「……紛らわしい言い方すんな」
稀に淡い光が辺りを包み込み、その度に幾つも飾り付けられたピアスが視界に入ってくる。
ソレは端正に造り込まれた顔立ちを占拠し、素顔やもっと深く、己を隠すかのように随所へ散りばめられていた。
「ククッ、つれねえとこは変わってねえのな」
いらない誤解を招くような物言いも変わらず、制止にかかれば累羽はただ愉快気に笑う。
相変わらずやりにくい野郎だ……。
「ヤり逃げなんてひでえよ、咲……?」
「だからテメエなァッ……!!」
次第に増していくイラつきと共に声を荒げ、黙れと言わんばかりに相手を睨みつける。
だいぶこの状況にも慣れ、先程まではよく見えなかった情景も、今ではしっかりと視界に映り込んでくる。
「……まあそんな事より、今まで何処にいた?」
はっきりと分かるその姿、変わらず笑みを刻んだままではあったけれど、突然に重みを増してきた言葉に目を細める。
どれだけ笑みを浮かべていても、少しも笑ってなどいない瞳。
「ずーっと、捜してたんだぜ? お前に会いたくて、……会いたくて」
「……」
いつでもやり合えるよう身構え意識を集中していきながら、ガラりと空気を変えてきた累羽の行動の一部始終を逃さず見つめる。
「先日は、グルドをボッコボコにしてくれてサンキュゥな?」
ゆっくりと、一歩一歩足を進め始める。
決して笑わない瞳は逸らさず真っ直ぐ射る様に、言葉とは真逆をいく怒りの色。
「ずーっと、そん時のお礼がしたくてさあ。でもお前は……突然いなくなっちゃった」
「……」
俺の視界で、奴の姿が少しずつ浮き彫りになっていく。
「何処にでも現れて片っ端から色んなとこ潰しまわってたお前が。突然いなくなっちゃったんだよ、なんでかなあ?」
「……知るか」
──グルド、累羽をヘッドとする一集団。
偶然にも出くわした、ただそれだけの事で荒らし尽くした過去。
いちいちそんな事すんのに理由なんてねえ、ただなんとなく目障りだった。
それだけだ。
「で、お前に会えなくて寂し~い思いをしていた時に……アレだ」
累羽に出会った日の事を記憶の片隅から引っ張り出していた時、聞こえてきた言葉に再び視線を向けていた。
「!!」
顎で指し示された方向、ガサッと言う音と共に現れた姿に目を見開く。
「颯太……」
自分だけが微かに聞き取れる声量で小さく、気付けば颯太と形どられていた唇。
「咲ちゃん……」
累羽の声を合図に出てきた舎弟が、両側からガッチリと颯太を押さえ付け身動き一つとらせようとしない。
ザワザワと時折ざわめく木々が、この状況に彩りを添え唄い上げていく。
「どうするつもりだ……」
ギリッ、と噛み締める様に苦く言葉を紡ぎながらも、その力強い双眸は少しも屈してはいない。
先程までの賑やかで活気づいていたあの雰囲気全てが嘘だったかの様に、夢でも見ていたのではないかと思える程に、今この場を取り巻く空気は重く張り詰めていた。
「さーな。そんなの俺の勝手じゃね?」
この悪条件からどう脱すればいいのか、思考を巡らせてみるもなかなか良い考えには行き当たらない。
俺、一人だったら……
「いつの間にかこ~んな可愛い子見つけてたなんて隅に置けねえなあ、咲ちゃんてば。あ、何。だから最近静かだったわけ? コイツに夢中ってやつかァ?」
通り過ぎて行く言葉の群れ、その一つ一つに込み上げてくるどうしようもない憤りは一体なんなのか。
俺が今ココに一人だったら、余計な事考えず気が済むまで奴らを潰せた。
俺、一人だったら……?
「まさかお前がこういう趣味だったとはなあ? ハハハッ! 笑えるぜマジでッ……!!」
静寂に包まれた林へと響き渡る、累羽の癪に障る笑い声が嫌でも鼓膜を揺さぶりにかかる。
チラりと颯太の方を見れば、暗くてよくは分からないにしても視線は自分へと向けられていた様な気がした。
「どこまでの御関係で? 今日ももしかして、これから愛し合っちゃう予定だったとか?」
俺、一人だったら?
今だって一人と変わんねえじゃねえかッ……!
アイツの事なんて何も知らねえ、少しの間だけ一緒の家で顔合わせてただけじゃねえか。
なんで俺、あの家にいつまでも居座ってんだ?
奴らの事なんて殆ど知らねえのに、どうして俺はあそこから抜け出せない?
もし、一人だったら?
テメエはいつでも一人じゃねえか……!!
なに今更バカみてえな事言ってんだよ!
それでいいってずっと……、満足してたはずじゃねえか……
「……結局アレって、お前の何?」
「……ッ!!」
ハッとする、自分の心境の変化に脈が速まっていくのが分かる。
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