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「つうかマジでデキてるとか言う?」
累羽の問い掛けには答えず、心に浮かび上がってきた気持ちに身を固まらせていた。
「おーいコラ。咲~?」
誰に構うことなんかねえ。
前みてえに、俺は俺のやりてえように、コイツ等まとめて潰してやりゃいいじゃねえか。
「……!」
でも……、出来ねえ……。
俺には、もう……アイツを、アイツ等を……切り離すことが……
……マジで笑えねえな。
笑えねえついでに、……言ってやろうじゃねえか。
「……だ」
「ぁ~ん? なに? なんか言ったかよ」
一歩、また一歩と前へ踏み出し、累羽との距離を縮めていく。
その度にガサりと存在を示す枯れ葉、ピタりと止んだ風と共に姿を見せ始めた月。
「そんなに知りたきゃ教えてやるよ……」
「……?」
からかい気味に顔を覗き込んできた累羽の胸倉を掴み、ぐいと力強く引き寄せる。
「アイツはなあッ……」
至近距離で絡み合う視線、一呼吸置いてから心を決める。
「俺の……、家族だッ……」
一時を、静寂が支配した。
「咲ちゃん……!?」
颯太の声には驚きの色が滲み出ていて、視線など当然合わせられるはずもなく、反応に対する言葉さえも紡げはしなかった。
今更後悔したところで遅いけれど、有り得ない言葉を発してしまった自分に対し、酷く困惑する。
「はあ? 家族? ククッ……ハハハッ!! そりゃ~いいぜっ!!」
闇景色に染まりながら、視線の先で累羽が高らかに笑い声を上げる。
「……なら、守ってみせろよ。可愛い家族とやらをなァッ……」
「!!」
ゴッッ
「ぅ、あっ……!」
ゆったりと紡がれた言葉の直後、額を駆け抜けた鈍い痛みに身体がぐらつく。
「テ、メエッ……!」
「おっと。どうにかしようなんて思わねえ事だな」
倒れこんだ枯れ葉の海から即座に起き上がろうとすれば、阻止するべく上へ抗い難い重圧がのし掛かってくる。
「なにが家族だよ。あん時のお前は一体何処行っちまったんだ? 誰も見てねえ、存在すら認めねえみたいな冷てえ目ぇしてやがったくせによォ……」
「くっ……!」
腹部に腰を下ろされた事で身体の自由がきかず、果ては両腕の動きまでも封じ込められてしまう。
「あんなもんに惑わされてねえでさっさと戻って来いよ。なあ……、咲ィ……」
「るせえ……!! いい加減失せろコラァッ!!」
完璧に組み敷かれた状態、時折覗かせる青白い月明かりの下で、累羽の行動は徐々に歯止めがきかなくなっていく。
「……まあな、ちゃんと俺を見るようになったのはいいんだけどなあ?」
「あァッ!? テメエッ……、ワケ分かんねえことばっか言ってんじゃねえぞ……!」
様子が違う、そう気付いたところでどうにもならない状況、打ち破るには一体どうしたらいいのか。
「テメエッ……! 寄んじゃねえ!」
徐々に狭まる互いの距離、グッと腕に力を込めても何故か思うように発揮出来ないのは、単に身体が鈍っているだけかそれとも、弱くなってしまったのか。
「テメエみてえなのをいっぺん」
間近に迫り来る顔が笑む。
「黙らせんのも悪くねえかもなあ? てことだ」
「テ、メッ……ん、ふっ!」
そして容赦なく重ねられた唇、予想出来るはずもなかった行動に、一瞬頭の中が真っ白になった。
「んっ! ふ、んんっ……!」
一体なにがどう転がって、この様な展開に結び付いてしまったのか。
到底理解出来ない累羽の行動、開かされた口内へと舌が滑り込み、逃れようとも執拗に絡み付いてくる。
その度に全身が拒絶を示し、一秒でも早くこの状態から脱したいと訴えていた。
「──ッ!!」
「はっ……! はあっ、はっ……、テメエッ……!」
散々なまでに口内を貪られはしたが、その唇に思いきり歯を立てた事でようやく解放される。
荒い呼吸を繰り返し、目の前では瞬時に身を引いた累羽が再び笑みを刻み込む。
「くくっ、狂暴な奴」
未だ余裕を携えている累羽の下で、一刻も早くこの状況から脱して颯太をなんとかしなければと、表面には出さないものの内側では焦りの色が見え隠れする。
「でも……、腹立つな」
「俺はとっくにブチキレてんだよ……!!」
「!!」
けれど努めて冷静に、近距離に保たれていた累羽の顔面を狙い、虫唾が走るその笑みに唾を吐き捨てていた。
「テメエッ……!! 咲イィッ!!」
反射的に閉じられた瞼、それをチャンスとばかりに累羽の手の内から逃れ、隙を見せた身体に容赦無く蹴りを食らわせて、枯れ葉の中へと沈める。
危機的状況から脱することは出来たが、未だ先の見えない状況に自然と身体が身構えていく。
「……颯太、大丈夫か」
そして、捕らわれの身である颯太にそっと声を掛け、背中へ送られるだろう返事を待つ。
「うん。俺は大丈夫だよ」
「そうか……」
程無くして颯太の言葉を受け取り、元気そうな声を本人の口から聞けて、心の何処かで安堵してしまう。
「そうそう……、こ~んな蹴りだったよなあ……」
だがその一時でさえも、気を休ませてはもらえないらしい。
ガサりと枯れ葉が騒ぎ出し、ゆらりと立ち上がる一つの影は一層深く笑みを刻む。
「ホント……、あん時はありがとなぁ?」
軽い調子を崩してはいないが、端々に含まれる怒気は突き刺すかのように真っ直ぐ向けられ、一歩一歩と近付いてくる。
その思考を理解することは、矢張り不可能らしい。
「御礼、たっぷりさせてもらうぜ……」
「……」
本心は一体何処に隠されているのか、金属音を響かせ持たれたナイフが、淡い月明かりの下で一瞬光を携えた。
行動一つすら逃さぬようにと夜目をきかせ、タイミングを図る。
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