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「俺からも、礼をさせてもらいたいんだが」
「……!?」
緊迫した空気が流れ、一瞬の隙が勝敗を決する張り詰めた雰囲気の中、突如として鼓膜を揺さぶってきた第三者の声に、互いの瞳がほぼ同時に向けられる。
「お前……」
累羽と睨み合っていた事を一瞬忘れ、声の主に気付いた唇からは自然と言葉が零れ出す。
薄暗い林の中、その者のすぐ側で力尽きている影が2つ。
「父さん……」
颯太の肩に手を添え、いつの間にか姿を現していたその男には、嫌でも見覚えがあった。
「なんだテメエッ……」
多少の驚きに包まれていた一同を余所に、当の本人はそれから何を喋る事もなく、何処となく冷めた雰囲気を纏いながら歩み始める。
唐突に現れた存在と、その側で意識を失っている仲間を見て、累羽の怒りは秀一を狙い募っていく。
「お前こそなんだ? 随分楽しい事してくれるじゃないか」
得体の知れない相手を前に出方を窺いながら、累羽はナイフを握る手に力を込めていく。
「おいっ……」
互いの距離が狭まっていくのを見ながら、突然の展開に多少戸惑いつつも秀一に声を掛ける。
「散々にブチ壊してくれた楽しい時間の御礼、させてくれよ」
クソッ!
聞いちゃいねえ……!!
明らかに普段とは違う様子、ゾクりとする程に淡々とした物言い。
「なんなんだテメエは……!! いきなり現れやがって!!」
「知る必要なんてないだろ? まあ、……知る権利もないが」
累羽の目の前まで足を進め、そこでようやく立ち止まる。
0度の空気は尚も下層を目指し、何処までも堕ちて身を凍らせていく。
「ハッ……、そうかよ」
「!!」
冷ややかな反応の繰り返しに痺れを切らし、先手を決めにかかったのは累羽だった。
あえて苛立ちは内に秘め、なんでもないかの様に言葉を放ってから直後、躊躇いもなく累羽はナイフを振りかざす。
「……!!」
余りに突然の展開に、口を開いても肝心の声が出なかった。
「……なあ」
しかしその展開は広がっていくばかりで、静まる気配は未だ無い。
視界に映り込んでいた姿、左胸に触れる寸前で阻まれた切っ先と、鋭利な刃物を素手で受け止めていた秀一。
微かに起こる風が、一時だけ静止した景色をそっと撫でていく。
「こんなもんで、俺をどうにか出来るとでも思ったか?」
「なっ……! ──ッ!!」
一つ一つの言葉ですら、刃のように鋭く貫いていく。
別に怒気を露わにしているわけでも、声を荒げているわけでもない。
なのに何故、こんなにも息が詰まるのか。
「なあ、教えてくれ。お前はアイツに何をした?」
「っ……!」
何故こんなにも、視線を逸らせないのか。
「!!」
ほんの少し、思考が動きを止めていただけ。
ドサりという音でハッと我に返り、即座にそこへと視線を向けていた。
「おいっ……!!」
ようやく声を出せたのと同時に、目的とする場所へ駆けて行く。
一帯へと響き渡る呼び掛け、秀一の耳にも当然入っただろうと思うのに、一向に動きを止める気配が無い。
広がる一連の光景をしっかりと見ていたはずなのに、まるでモニター越しに眺めてでもいたかの様に、遥か彼方の出来事のように思えてしまう。
「どうするつもりだった? お前は一体どうしたいんだ? なあ……、教えてくれ」
「ぐっ……!!」
冷めた言葉に普段の面影は全く無く、次には累羽の肋骨を砕くような、容赦の無い蹴りが決まっていた。
なんの前触れも無く、唐突の出来事だったに違いない。
出会いや、後を追ってきてくれた時、ほんの一時の間に見せた姿は矢張り現実の出来事だったのだと、時を経て改めて脳裏に焼きつかせた。
瞬きする一瞬の時すら惜しい、息をも殺させる美しい型。
「!! おいっ! もう十分だ……!!」
思考もろとも奪われていた間に、そこではすでにもう、1人の姿しか確認することが出来なくなっていた。
片足を上げたかと思えば、何かを踏みつけるような動作をとり、淡々とした物言いで冷めた空気を震わせていく。
どうやら累羽は、枯れ葉の世界に沈められていたらしい。
「おい! 聞いてんのかお前……!!」
横から秀一の腕を掴みやめさせようとするも、始めから見えていないとでも言うように、反応を示すことなく累羽の身体を痛めつけていく。
「……っ、く!」
流れる雲に姿を隠していた月が、また淡い輝きで下界を静かに照らし出す。
浮かび上がった累羽の顔は血に彩られ、止まる事を知らずにドクドクと溢れていく。
「お前のくだらない命、いっそここで奪ってやろうか」
すぐ側にいると言うのに、全く届かない声。
理性を飛ばした秀一は、一見冷静な印象を受けるものの、その蹴りには微塵も容赦など無い。
「ぐ、っ……!」
危うささえ感じるその状態に、累羽の右手を足で固定した秀一が、狂気じみた言葉と共に躊躇いもなく利き足を上げる。
そして思いきり、振り下ろしていた。
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