30 / 132
16※
「いや、違うか。元から優しいんだ」
「……」
「そう、優し過ぎる……」
そうやって、どんどんほどかれてしまう。
容易くすり抜けては入り込んできて、それが当たり前になっていつしか、拒む気持ちすら無くしてしまう。
「これまでどんな状況で、なにを思って生きてきたのかなんて、俺には分からない」
そうなった末に放り出された時、俺は一体どうしたらいい。
「けど、沢山……傷ついてきただろうから」
俺は……
「……勝手な事ばっか言ってんじゃねえよっ」
俺は、──怖い。
「あそこまで頑なに、自分を閉ざしてしまうくらいにな」
そう言って、ふわりと頭を撫でてきたその手がやたらと温かくて。
どうしてか急に目頭が熱くなってきてしまったのを、ぐっと堪える。
「でも、それはもう過去のことだから」
どうしてコイツの言葉や声は、こうも心を落ち着かせてしまうのか。
「もっとさ、楽に生きていいと思う」
「っ……」
「呆れる位バカばっかだろ? ココ。なんて、アイツらが聞いたら怒りそうだけどな」
あれからどれだけの時間が経ったかなんて分からない。
けれど、大して気にはならなくて。
「すぐにとは言わない。……少しずつでいいから」
心地良い声が、ひねくれた思考を麻痺させていく。
「俺は、拒んだりしない」
許してもいないのに、勝手に頬へと熱いものが伝い始める。
「咲が、必要だから。この先も、ずっとな……」
「……!!」
求めて、やまなかった。
その言葉を引き金に、止められなくなってしまった涙が幾筋も流れていく。
もう随分と長い間、忘れていた感覚。
「咲……?」
「……ぅっ、……く」
自然とまわしていた腕が秀一の背中を捉え、ギュッとしがみつく。
「……うん、いいよ」
泣いている事に気付いた秀一は別に咎めもせず、再び優しく髪を撫でては囁いて。
「もっと、……お前が見たい」
そして、耳元で甘みを含んだ声が発せられる。
「っ……」
それと同時に、優しくゆっくりと抱き付いていた身体を離していき、すぐ間近に迫っていた秀一と視線が交わった。
「咲」
もう、拒む理由が今の俺には無い。
「んっ……、ふ、ぁっ…」
そのキスですら、考えられない位簡単に、すんなりと受け入れてしまえた。
「ん、っ……」
優しく何度も重ねられる唇に、抵抗もせず全てを従順に受け入れていく。
「はっ、……んっ」
最初は軽く触れ合うだけだったものが徐々に深さを増し、薄く開かれた唇から舌が口内へと入ってくる。
熱を持ち、ほんの少し絡み合っただけでとろけてしまいそうな程に、熱い。
「ぁっ……、はっ……」
次第に激しさを纏っていき、互いの乱れた吐息が唇から零れ始める。
時折響く唾液の混ざり合う水音は、正常な思考を容赦なく奪い取っては、内に秘めたる本能を確実に暴いていく。
「んっ、ぁっ……、しゅ……い、ちっ……」
自然と含まれた甘み、暴走していく己を止める術など見つからず、別にどうでも良いとさえ思えてしまう。
頭で考えるよりも先に、身体が躊躇いも無く秀一を呼ぶ。
深く舌を絡ませながら、されるがままに後方へと傾いていき、最後にはソファへ押し倒されていた。
「……悪いが、止められそうにない」
少し離れた位置から見下ろされ、光をバックに陰影を纏う姿が映り込み、表情には男らしさと共に気品を携える。
「……いいか?」
間近に迫る唇に紡がれた言葉、問い掛けに対する答えに迷い躊躇ってしまい、見つめる瞳から視線を逸らすこと位しか出来ない。
「咲」
「んっ……」
呼ばれた名前と優しく降ってきた唇に、大人しく身を任せている事で精一杯。
こんなにも有り得ない展開だというのに何故だろう、多少の戸惑いはあるものの、嫌悪などは全く感じていなかった。
「あっ……、おいっ……な、にやって……」
一つ一つ外されていくボタンと、露わになっていく肌。
こんなにも明るい場所で眼前に晒され、普段を過ごしていたこの場で脱がされていく状況に、ようやく鈍っていた思考がこれから行われようとしていることを理解する。
「ずっと、触れたくて仕方が無かった」
「ん、んっ……」
動揺する声を上げるもそれで手を止めてくれるはずもなく、秀一の言葉に抵抗する気も本当は無かった。
「ぁっ……」
自分から、まさかこんなにも甘ったるい声が出るなんて。
もちろん、どうしようもない位に恥ずかしくて仕方がないのは事実だけれど、それよりも勝る気持ちの方が大きい。
自分という不要な存在に差し伸べてくれた、その温かい手が心底嬉しかったから。
「は、ぁっ……」
今だけでもいい、つまらない意地は置き去りにして、その温もりに触れていたくて仕方が無い。
「あっ……、そ、っな……とこ……、か、むなっ……ぁっ、や……」
胸の突起に差し出された舌は、最初は包み込む様に濡らしていって、甘く噛む。
ジワリと広がる痺れ、口元に手を添え、堪えようとしても出てしまう恥ずかしい声を少しでも抑えたくて、つい息を殺してしまう。
「抑えるなよ」
「べ、つにっ……んっ」
艶めきを増したソコから唇を離し、少し顔を上げて穏やかに言う。
それがなんだか無性に照れて、可愛げのない言葉と共に視線をふいと逸らしてしまう。
「そうくるわけね。じゃあ……」
近付いてきたことで、影が覆い被さってくる。
「抑えられないようにしてやるよ」
そして耳元で甘く、麻酔の様に思考を奪って。
ともだちにシェアしよう!