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「……入るぞ」
思っていた程のぎこちなさもなく、話を終え2階へとやって来ていた俺は、どこか安堵感に包まれていた。
自らが作り上げた幻影の中で閉じこもり、向かう全ての事柄を拒絶していた頃が、まるで嘘のように感じられる今の心境に曇りは一切なかった。
俺にしか來を救えない、単純だけれどその一言が決意を新たなものへさせた。
「……荒れてんな」
途方もなく思える程の時間が空いてしまっていたけれど、これから先に冷え切った関係が覆ることはあるだろうか。
俺の足掻き方、次第だろうな。
「……」
中には誰も居ないと分かっていたけれど、一言呟いてから扉を開いていた。
案の定そこに來の姿はなかったが、見渡して広がる雑然とした部屋に、少しばかり驚いた。
「……心配し過ぎか?」
俺の記憶では、と言え何年も過去へ遡らなければいけないわけだが、部屋は割と片付けているほうだった。
しかし久し振りに見たあの姿では、整うより荒れていたほうが來の部屋らしいと、納得しようと思えば出来た。
「……」
苛ついていたのか、破かれた雑誌が散乱している。
ベッドには上着が放置され、つい最近着ていたものだと勝手に考えてしまった。
心配し過ぎなんだろうか、もしかしたら來はただ遊び歩いているだけなのかもしれない。
危ない事に関わっているのではと、漠然と思うだけでなんの証拠もないのだから。
「……?」
どんな想いでこの部屋にいたのだろう、思考を巡らせていた時になんとなく向けた視線の先、それは机の引き出しだった。
「……まさかな」
そこに何があるかなんて分からないし、なにも無いかもしれない。
それでも確かめずにいられない気持ちが、そこにはあった。
「……!」
すんなり開くと思われた引き出しは、ガシャりと音を立てて拒絶する。
「鍵……?」
鍵のかかった引き出し、こんなにも部屋を荒らしていた男が律儀にカギなど掛けるだろうか。
なにか余程の理由が無い限り、こんな事にはきっとならないと思う。
「……」
そうした後に直感が伝える、隠さなければいけないものが此処にはあると。
「鍵は何処だ」
今の來を知るには大きな手掛かりとなるだろうが、鍵が無ければ意味がない。
一体何処に、と思うものの探し当てるには困難な惨状だった。
それに、大事なものが入っていると推測する引き出しの鍵を、この部屋へ放り投げていくだろうか。
俺だったらまず、持ち歩くな。
「……それじゃ駄目じゃねえか」
だとしたらもう、此処で俺に出来ることは何も無い。
本人を見つけ出さない限りは、引き出しの中身を知る術は何一つとしてないのだから。
「……」
そんな時、再び視界へと入ってきたのは、無造作に放り投げられていた上着。
「……そんなわけねえよな」
有り得るはずがないと思う一方で、確かめなければ諦める事が出来ない自分が居る。
俺なら、持ち歩く。
「……!」
一縷の望みに賭けて探ったポケットには、何か小さなものが入っていた。
「……ちゃんと持っとけよ」
チャリ、と音を立て出てきたものは、一つの小さな鍵だった。
道が拓けて助かったと思うと同時に、忘れずちゃんと持ち歩いとけよなんて、矛盾した気持ちも湧き上がる。
「……何が入ってんのか」
僅かな時の後で、鍵を持ち再び引き出しの前へと立つ。
当然の如くしっかりと合う型、回せばカチりと小気味良い音が聴覚をくすぐった。
「……」
三段の上から順に開けていき、中身へと視線を向けながらあれこれ思考を巡らせる。
鍵を掛けていた割には、そう大して人目を避けなければいけないようなモノは、無いように思えた。
「一体なにを隠したかったんだ」
小首を傾げながら二段目まで終えて、今の來とはもしかしたら関係がないのかもしれないと、考えが傾き始めた頃に。
「……ん?」
三段目を開けて、なによりもまず目を惹いたのは、黒いビニール袋だった。
「……」
中には何か入っているらしく膨れていて、こんな引き出しに入れておくようなモノではないと感じる。
これが何なのか分かれば、來の今が自ずと見えてくるような気がした。
「……なんだ、これ……」
そして中身を一つ、適当に探り取り出してみれば、その手には目を疑うようなモノが掴まれていた。
「……」
透明の小さなビニールに含まれた、白い粉の正体を一体どれに結びつけたらいい。
「……まさか」
また思考が、混乱してきた。
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