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来た道を思い出しながらひた走る、加速を増していく気持ちを落ち着かせてなどいられなかった。 「來……っ」 徐々に闇へと支配されていく空の下、地の果てまで足掻いてやろうじゃねえか。 気絶させてでも絶対に、ソリッドグールとは手を切らせる。 「……近道するか」 見覚えのある景色へと入ってきたところで、目的地に向かうべく裏通りを選んで突き進む。 静まり返る幅の狭い道、すぐ側には敷かれた線路が延々と続いている。 「キャアァァッ!!」 「!?」 バイクに乗っている状態であってもハッキリと、耳を貫く様な悲鳴が何処からか響いてきた。 「あそこかッ……」 視線を巡らせながら出所を探り、線路下の薄暗いトンネルがどうやら怪しいと感じる。 「い、いまっ……人を、人を呼んできますから……!!」 「う……、ま、て……よ、ぶな……」 動揺の色を隠せないといった様子、今にもまた悲鳴へ変わりそうな女の声が耳に入ってくる。 こんな時に何をやってるんだとは思うものの、身体は勝手にバイクを止めて問題の場所へと駆けていく。 カツカツと走り去るヒールの音、女の声しか聞こえなかったが、一体そこはどんな状態となっていたのか。 「……!?」 辿り着いた先には、通行人だったであろう悲鳴の主は居なかった。 言葉通り、人を呼びにでも行ったのだろう。 「……ま、さか」 チカチカと今にも切れかかりそうな電灯の下、そこには1人の男が倒れていた。 「おい……!!」 どうして、単なる見間違いで終わってくれない? 「おい! しっかりしろ! こんなとこで寝てんじゃねえ!」 胸を貫かれるようだ、頭で考えるよりも早く、その人物へ向け滑り込むように駆け寄っていた。 「來……!!」 なんでお前がこんな所で倒れてる、その傷はなんだ、誰にやられた、なあ……答えろよ。 答えろ、來……!! 「う……」 「來!? 來!! 一体なにが……」 痛々しい程に傷だらけの弟は、弱々しく呻くばかりだった。 身体へ触れた手から伝わる体温、脈が不規則に打ち鳴らされて、その身は熱に支配されていた。 「……ぶ、な…」 「?」 「だ、れも……よぶな……」 ただの風邪ならば、何故こんなにも鼓動が荒く速いのか。 疑問を浮かべる中で聞き取れた声、そういえば人を呼びに飛び出して行った存在が居た。 「……まずいな」 譫言の様に繰り返される言葉を聞きながら、このまま居れば面倒になるだろう事は確実だった。 とりあえずは一刻も早く、この場から脱しなければ。 「立てるかッ……?」 「うっ……」 騒ぎとなる前に、事態は一刻を争った。 肩を貸しなんとか立ち上がらせて、夢か現かを彷徨う來の身体を支えてやりながら、停めていたバイクへ向け足を踏み出していく。 どうして來がこんな目に遭うのか、やり場のない想いに翻弄されて、どうしたらいいのか混乱ばかりを招いてしまう。 「振り落とされんなよ……ッ」 事を大きくするわけにはいかない、何より來が望んでいない。 ならばその意思を尊重し、俺がコイツを連れ去るだけだ。 「っ……」 バイクの元へと辿り着き、來をしっかり自分に寄りかからせた。 「……悪いな」 意識が朦朧としているだけに、ひとたび走らせればいつ振り落とされるやもしれない。 それだけに悪いとは当然思ったけれど、丁度良く視界に入ったチェーンを來のジーパンから外し、自分の腹前で組ませていた両手首に絡ませた。 これならまず、俺がぶっ倒れない限りは來の身に危険は及ばない。 「行くぜ……」 微かな声量だけれど言い聞かせるかの様に、一言呟いてからバイクを出す。 当初の予定が大幅に狂ったが、來を確保する事が出来た。 明かさなければならない謎が増えるばかりではあったけれど。 「……」 來はソリッドグールの一員ではないのか、それならどうしてあんなにも大量のヤクを持っていたのか。 買わされた、それとも自分の意思で買ったとでもいうのか。 ならその金は何処から流れ込んだ、値が跳ね上がるヤクを幾つも手に入れられる様な金、普通じゃそう簡単に持てねえはずだ。 ならどうした、盗むでもしたのか? なんの為に……! クソッ!!分かんねえ……!! 「でもまず優先しなきゃなんねえのは……っ」 來の安全を確保すること。 あてなどなく走らせていたはずのバイクだったけれど、次第に景色が日々見慣れているものへと変わっていく。 毎日の様に視界へ入っていた世界、來を乗せどんどん踏み込んでいく。 自分でも知らぬ間に、何も思っていないようでもその心は、頼ってしまっていたのかもしれない。 「……なんでこっちの家に……」 わだかまりが少なからずは溶けた実の家よりも、心の奥底ではアイツらが居る家を選んでしまっていた。 すっかり見慣れてしまった住宅街、戸惑う気持ちはあれど引き返すつもりなど、今ではもうなかった。 帰ったら帰ったで來の状態にぶっ倒れちまうかもしれねえしな、あっちには行けねえだろ。 とにかく來を安静にさせられる場所を求めていた。 「着いたぞ、來」 静かなる住宅街を爆音を轟かせながら疾走し、家の前に停めると急いで來の身を離しにかかる。 俺の声なんか聞こえていないかもしれない、それでも掛けずにはいられなかった。 ほんの一秒でもいい、あの日失った時を取り戻したい気持ちも何処かに存在していたのかもしれない。 「お帰り咲ちゃ、ん……!?」 來を支えながら、ヨロヨロとおぼつかない足取りで玄関へ辿り着き、中に入ればすぐにも颯太が顔を出してきた。 しかしいつもとは明らかに異なる現状に、驚きを隠しきれず目を丸く見開いた。 「どうしたよ颯太くん固まって、……え?」 まず有り得ないと言ってもいいだろう展開に、暫し身を固まらせていた颯太の元へ今度は瑛介がやって来た。 そして兄弟仲良く言葉を詰まらせ、混乱する頭の中を整理する事に忙しいらしい。 「なに固まってんだお前ら」 硬直するのも無理もない自然な反応と言える、血まみれで傷だらけの男を連れて現れたのだから。 何から伝えればいいのかと言葉を紡げずいたところで、最後に居間から現れたのは長男である桐也だった。

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