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「……ってえ」 爆音に包まれながら近場まで送ってもらい、静けさを取り戻した夜道を1人歩いていた。 不覚にも何ヶ所かに手傷を負ってしまい、時折それがピリりと痛んだ。 「早く、戻んねえと」 つい先程までの出来事がまるで嘘のように、星は瞬き月は淡い光を放ち、夜の闇にすっかり溶け込んでいた。 復讐する意思さえも削ぎ落とし、完膚無きまでに叩きのめされたソリッドグールはもう、終わりだろう。 あの世界ではもう、これからを生きていく事なんて出来ない。 事実上の、壊滅だ。 「……咲!?」 全て終え、意識が戻った來がこの事を知ったら、一体どんな反応をするのだろう。 拒絶されるか、それとも──。 「……お前……」 いつしか見慣れてしまった家が、徐々に見えてきた頃。 明かりが漏れ出るそこから、姿を見せた人物がいた。 「おかえり……」 心地良い低音を響かせながら、その声はすんなりと耳へ入っていく。 一定距離を置いて灯る街灯、自分へと向かって来る足は、次第に早足になっていく。 「……」 そして目の前へ、秀一と相対しながら暫しの沈黙が流れていく。 「良かった……」 安堵の声、近付きゆっくりと背に腕をまわされ、気が付けばキツく抱き締められていた。 拒もうとする気持ちは無く、感じる鼓動にゆっくりと瞳を閉じていく。 「1人で出て行ったって聞いて……心配だった」 「……」 「無事で、良かった……」 いつからこんなにも、気持ちを落ち着かせられる相手となったのだろう。 一声一声が、心の内から静めていく。 「アイツらも、心配してた」 「……悪い」 驚く程に、すっと出ていった言葉は、素直な気持ちそのもので。 此処という居場所があって良かったと、そんな事をつい思ってしまった。 「帰ろう」 謝罪に対しては、答える代わりに優しく頭を撫でられて、そっと身体を離していく。 薄明かりの中、にこりと穏やかに微笑みながら先へと促し、家に向かい一歩を踏み出す。 「……ああ」 全てが終わり、後は來の回復を待てばいい。 意識はまだ戻っていなかったのだろうか、次から次へと湧き上がる気持ちは尽きることがない。 「……それにしても」 「……?」 「どうやって帰ってきたんだ? バイクの音が聞こえたけど……」 「……」 狭まっていく家との距離、2人歩きながらふと秀一から漏らされた言葉だった。 「ま、まさか男……!!」 「当然だろが」 「ど、堂々と浮気を告げられた……」 「あ? ……ったく。馬鹿言ってんじゃねえよ」 ついさっきまでの雰囲気が嘘のように、また普段通りとなる秀一。 此処まで誰に送ってもらったのか、実際どんな状況だったのか、問い詰めたい事が山ほどあるらしい。 勝手にああでもないこうでもないと、好きに考えていればいい。 もう少し、その様子を眺めながら笑ってやろうと思う。 「そいつ一体、どんな奴なんだ?」 「……」 「これはもう、俺の輝ける未来の為にも闇討ちなりするしか……」 「黙れボケ」 あれやこれやと想像を巡らせるのはいいが、全て声に出している為うるさい。 軽くイラつき始めた頃、ようやく辿り着いた家の玄関を秀一が開いた。 「うああああああ!!!!!!」 「!?」 それと同時に、貫くような叫び声が鼓膜を激しく揺さぶってきた。 「なんだ……?」 一変して訪れる緊迫した雰囲気、秀一が扉を開いたままの状態で呟いてくる。 「……!」 なにが起こったのか、余りに突然過ぎて思考が一瞬遅れたけれど、出所は2階からだった。 階段へ視線を向けて、ハッとする。 「來……!?」 秀一を押し退け乱雑に靴を脱ぎ、足音荒く一気に駆け上がっていく。 「來!!!」 苦しむ悶えるような声が、尚も扉の奥から聞こえてくる。 バタバタと走り、荒々しい手つきで部屋の扉を思い切り開く。 「咲ちゃん!!」 「お! 来たなあ!!」 「おい! どうなってんだ!!」 颯太、瑛介、桐也の順に声を掛けられて、眼前に広がる光景に正直戸惑った。 「は、なせェ!! 足りねえっ、た、り……うああああ!!! 来るな!!来るなアァァッ……!!!」 ベッドで暴れる來を、やっとのことで押さえつけている3人。 一体なにが起こったというのか、人が変わったかのように我を失う來を目の当たりにし、呆然と立ち尽くしていた。 「なにもいないよ! そこにはなにもない!!」 懸命に呼び掛け、なんとか來の気を落ち着かせようとする颯太。 血相を変え、一点に視線を縛られ怯える弟の姿に、胸が締め付けられる想いだった。 そこには何もない、誰も居ない、お前の目には今なにが映っている? ──来れるわけねえもんなァッ!! 「……まさか」 電流が走り抜けるかの様に、突如として思い出された言葉はソリッドグールの頭が発したものだった。 そこへ込められていた、真意が今になって明らかになる。 「來っ……」 お前、ヤクやったのか……?

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