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それから数週間は、昼夜を通して來に付きっきりの日々だった。
弟のことだけを考えられるよう気を遣ってか、自分たちの面倒は自分達で見てくれていた、家族。
桐也の部屋を占拠することとなってしまい申し訳なく思うものの、気にするなと普段の調子で過ごしている長男。
「來……」
嘔吐を繰り返し、胃の中が空になっても尚、吐き続けた。
ありもしない存在に怯え、幻覚に躍らされながら何度も正気を失った。
果ては側で見ていたこちらが、おかしくなりそうだった。
「ん……」
ヤクを欲して暴れる身体をただキツく抱き締めることしか出来ず、力の無い自分に絶望し、暴走を押さえつけながら涙が止まらない日もあった。
いっそ息の根を止めてしまえば來は楽になり、そうなることを望まれているのではと錯覚することさえも。
「來……?」
開いていた窓から入る清々しい風が、カーテンを微かに揺らす。
穏やかな陽光が室内へと射し込む中、深い眠りに落ちていた來の目が、ゆっくりと開いていく。
願って止まなかった、長い悪夢の時を彷徨い続けて、ようやく來は戻って来てくれた。
「……兄貴? な、んで……」
「ッ……」
声は掠れていたけれど、確かな強さを持った瞳は真っ直ぐに自分を見つめてくる。
まるで昔に、戻ったようだ。
「!! や、べえ早くい……、うっ!!」
けれど今はもう、昔ではない。
暫くはぼんやりとしていたけれど、突然ハッとし勢い良く身体を起こす。
「ばかっ……、寝てろ」
起こしかけたところで苦痛に顔を歪め、あえなくまたベッドへ戻らざるを得なくなる。
時間が経てど未だに存在し続ける痛み、癒えるにはまだ時が必要らしい。
頑丈なのか運が良いのか、骨には達していなかったものの病院で適切な治療を受けたほうがずっと早かっただろうなと思う。
当然そうするわけには、いかなかったのだけれど。
「寝てるわけに……い、かねんだよっ……」
まだまだ安静にしていなければならない身体を無理に使おうとする來、すっかり時が止まっているらしい。
気持ちとしては、ソリッドグールに手傷を負わされながらもなんとか逃げ延びて、もっと遠くへ行かなければというところだろう。
あのトンネルから前へ進めていない、取り残されたまま未だに思考にこびり付いては離れないソリッドグール。
「ソリッドグールは、もういない」
「……え?」
忌々しいその呪縛から、一刻も早く解き放ってやりたい。
「いない……? それより、なんで……ソリッドを……」
ソリッドグールという名が出てきた事に驚きを隠せない來、瞳は戸惑いに揺れていた。
「どっかの族に、潰されたらしい」
「……潰された……」
詳細は伏せながら、ゆっくりと考えつつ言葉を発していく。
身体や心へ、負担をかける事がないように。
「お前に会った後、久し振りに家へ戻った」
「……」
出会った日以降、どうしても來の事が気になってしまい、多少の葛藤はあれど家へ戻っていたことを伝えた。
「……全部、知ってんだ……?」
「……」
それだけでなにかしら感じとれたのか、疑問系ではあったけれど言葉には確信が含まれていた。
「……そっか」
「來……」
「なんも、言わないで……」
間を空けてポツり、天井へと視線を向けながら呟いて、言葉を掛けようとした俺を制止する。
名を呼ぶだけで、後に続くはずの言葉は散った。
「そこまで知ってんなら、ソリッドがどういうチームかも……分かってんだろ?」
「……ああ」
「俺が、盗んだヤクのことも……」
「……」
「あ! そうだヤク……!」
「もうねえよ。奴らに返した」
「……なんで、そこまで……」
全て知っているけれど、唯一晴れない靄があった。
次第に鮮明さを増していく意識、思い出した事は隠し持っていたヤクのことだろう。
静かにそっと行く末を伝えれば、流石に言葉を詰まらせるほど驚いたらしかった。
「ソリッドと手を切ったお前が、なんでヤクなんか持って逃げた」
奥底でずっと引っ掛かっていた事柄について、ようやく唇は問い掛けていく。
「……」
視線を彷徨わせ、言おうか言うまいか迷っているのか、暫く流れるのは沈黙のみだった。
それでもきっと言ってくれるだろうなんて、一体何処から湧いて出る根拠のない自信だろう。
「……さっさと金に変えて、何処かへ逃げたかったんだ……」
「……」
やがて躊躇いがちに零された言葉は、葛藤やなにかで満ち溢れていた。
自分が切なげな表情を浮かべていることに、來は気付いているのだろうか。
「……兄貴が居なくなって、……全部俺にのしかかってきた」
「……」
「兄貴のようにはなるな、真面目に学校行って、就職して、お前だけは、お前だけは……って」
「……」
「俺だって、辛かったんだ」
語られる想いは重く、伝わる辛さは半端なものではなかった。
世の中、自分だけが一番辛いだなんていう考え方が、どれだけくだらなくて自己中心的なものか。
「家から逃げたら、ソリッドに会った」
「……」
「一気にハマった。金になるし自由だし、バカやってて楽しかったんだ」
「……そうか」
諸悪の根源を辿れば、一番悪いのは俺だ。
身勝手な行動で傷付けて、狂わせて、あんな目にまで遭わせてしまった。
責める気など始めからないけれど、なにより俺に來を責める権利はない。
「でも同時に、ハマってく自分がすげえ怖いとか思ってて……」
「……」
「逃げたんだ。あのヤクを金にして、何処でもいいから逃げたかった」
「……來」
「結局、逃げてばっかでかっこわりいな……」
内と外の自分に、差が出来始めてしまった。
あのまま深くまで沈んでしまうことを恐れ、全てリセットし1からやり直そうととった行動があれだった。
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