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1.ZERO℃ギミック【4】※
夜中にふと、目が覚める。
覆う闇、彷徨う空気は冷ややかで、昼とは全く別の表情を見せている。
夜明けにはまだ遠く、妙に研ぎ澄まされた感覚だけが、満たす静寂をより深く感じとる。
今……、何時だ……?
何故こんなにも、中途半端な時間に目覚めてしまったのだろう。
些細な疑問、けれどすぐにも掻き消えて、再び眠りに就かなければと思う。
起きるにはまだ早く、このまま過ごしていたところできっと、朝が辛くなるだけだろうから。
「……ふう」
しかしそうは思っても、一度覚醒するとなかなか眠れず、ささやかな諦めを紡ぎ出す。
……チッ、どうすりゃいんだよこんな時間に目ェ覚めちまって……。
内で並べる文句、撒き散らす程に睡魔は遠ざかり、いよいよどうしたものかと溜め息をつく。
闇、突き放す様に冴えた世界、懐かしいようで悲しい、記憶ばかりが置いてある。
温もりから逃げていながら、心はいつでも温かみを求めていて、自分とすら俺は、関わることを拒絶していた。
一人を好んでいながら、独りにはなりたくないだなんて、本当は誰かに居て欲しいのに、ずっとなんでもないフリをしてきた。
本当に我が侭で、臆病で、どうしようもなくて、殻に隠された弱さを、嫌という程に見せつけられた。
でも今は、そんな欠陥だらけの自分でも、真正面から向き合えて良かったと思っている。
弱さを認め、脆さを受け入れ、虚勢ではなく本当の、強さを持てる者になりたい。
静寂、ただ場を流れる冷えの中、暫しは思案に耽りながら、すっと視線を前へと移す。
規則正しい寝息、鼓膜を打つ音を心地好く感じながら、伏せられた目蓋、整う顔立ちを見つめる。
……コイツに会えなかったら俺は、今もあの夜から抜け出せずにいたんだろうな。
此処に居る自分、今の俺があるのは、秀一が傍に居てくれたからだ。
俺一人じゃ、何も出来なかった。
コイツが居てくれたから、俺はようやく長い夜から解き放たれた。
始まりは唐突で、変な奴で頼り無く、調子に乗ってすぐヘマをする様な、本当にどうしようもない奴だけれど。
いざという時に見せる姿が、どれだけ胸を打って止まないかを、俺は知っている。
……お前に会えて、……良かった。
「眠れないのか……?」
「え……」
自然と伸ばされていた手、夢現を彷徨う秀一に触れ、頬を柔らかに撫でていた時のこと。
いつの間に起きていたのか、手首にそっと指先が触れ、視線は此方へと向けられている。
「……起きてたのかよ」
「いや、今起きたとこ」
穏やかな笑み、優しい声音に安心しながらも、急に恥ずかしさが込み上げてしまい、添えていた手を離そうとする。
しかしすぐにも捕らえられ、暫し指を絡ませた後、その手が頬に触れてきた。
「どうかしたのか……?」
「……別に、なんでもねえよ」
視線を逸らし、体温が上昇していくのを感じながら、これ以上は向き合っていられないとばかりに、身じろいで背を向けようとする。
「咲」
しかし名を呼ばれ、頬に触れていた手が落ちると、次には強く引き寄せられていた。
「なっ……、ん、ふっ……」
思考はついていけず、状況が呑み込めないまま唇を重ねられ、すぐにも深く繋がり合い、甘い吐息が漏れ出していく。
絡み合う舌、いやらしい行為が徐々に静寂を侵していき、混ざり合う唾液が鼓膜にピチャりとこびりつく。
「んっ……、しゅ、いち……」
頭の芯からぼうっとし、気付けば覆い被さっていた秀一を見上げながら、口付けの余韻に息を吐く。
艶やかに濡れ、どちらとも分からぬ唾液を光らせ、意識せずとも誘う様に開かれた唇が、次いで秀一の名を紡ぐ。
「全く……。もう眠れそうにないな」
困った様に笑いながらも、向けられる瞳はこの上なく穏やかで、いつしか心までも完全に、この男に落ちていた。
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