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1.ZERO℃ギミック【5】

「何してんだ俺は……」 休日の台所、しんと静まり返る中で一人、溜め息混じりにそう呟く。 本日は晴天で、開け放した窓からは時おり、清々しい風が入り込んでくる。 陽射しは暖かく、出窓へと優しく降り注いでいた光が、キラキラと辺りを照らし出していた。 「……ったく、笑えねえんだよ」 溜め息を含め、か細い呟きを風に流すも、なんだかんだ言いながら放棄はせず、手元は先ほどから休みなく動いている。 傍では鍋が熱せられ、中では牛乳と砂糖が少しずつ溶け合いながら、甘い香りを徐々に立ち上ぼらせていた。 「……はあ」 何度目かの溜め息、けれども視線は次なる手順を確認すべく、無造作に置かれていたコピー用紙を見つめている。 そんな自分に嫌気が差すも、黙々と作り上げてしまうことはもう目に見えていて、無意味な葛藤と分かっていながらも繰り返さずにはいられず、にっちもさっちもいかなくなっていた。 「……沸騰したか」 煮えたことを確認し、熱していた鍋を火から下ろすと、用意していたアーモンドスライスを手に取り、片手で砕きながら鍋へと入れる。 湯気を立ち上らせ、甘い香りが鼻孔をくすぐる中、少しずつアーモンドを細かくしていきながら、ポチャりポチャりと落としていく。 休日の昼間から何をやっているんだか……、とはすでに幾度となく思っていたが、手先はブランマンジェを作り上げるべく動き、工程を一つずつ確実にこなしていた。 「……5分から10分か」 アーモンドを全て入れ、手近の蓋を鍋に被せると、作り方の通りに5分から10分おくことにする。 その間、棚から一つ大きめのボウルを取り出すと、清潔な布と共に傍へ置く。 時計に目をやれば2分、まだ蓋を開けるには十分でなく、やがて不要な容器に気が付くと、頭で考えるよりも先に洗い出す。 もうすっかり板に付いてしまった生活、こんなところはまず誰にも見せられないし、見せられるわけもない。 特に程近い存在である真宮、あの野郎にこんなことが知られた日には、きっと遠慮なく豪快に笑い出すことだろう。 ……考えただけで腹立つぜ。 と、そんな考えを巡らせながら3分、族のヘッドに無駄な時間を費やしてしまったようだ。 「う~ん、なんかいい匂いがするなあ」 再度時計を見やり、後数分をどう過ごしていようかと、畳まれた布を広げながら思案していた時、ガチャりと開かれた扉の音と、共に滑り込んだ声を聞く。 「なに作ってるんだ?」 目を向けずとも、入室してきた者が秀一であると確信し、構わずボウルに布を被せていく。 持ち込んだ仕事が一段落したのか、たまに掛けている眼鏡をそっと傍の棚に置くと、優しい笑みを浮かべながら此方に近付いてくる。 普段のカッチリとした服装とは違い、休日である今日はラフな恰好で、台所へと進入してきていた。 「へえ~……、ブランマンジェか」 蓋を開け、牛乳にアーモンドの香りが移ったことを確認すると、布を被せたボウルに注いでいく。 横では秀一がコピー用紙を手にし、一人納得した様子で言葉を紡いでいる。 相槌を打つことすらせず、黙々と布で漉していきながら、秀一に構わず調理を続けていくのだが、傍に立たれるとなんとも落ち着かない。 颯太位ならばまだ許せるのだが、一人で台所に立っている時が長かったので、傍に居られるのはあまり得意ではなかった。 「なんでまた?」 「っせぇな……、なんでもいいだろ」 面倒臭そうに答え、注ぎ終えた鍋を流しに置くと、洗いやすいよう水を入れていく。 布もそっと取り払い、洗い流せるだけ汚れを落とすと、絞って傍らに置いておく。 そうして手を洗い、戻しておいた板ゼラチンを取り出すと、先ほどのボウルに加えながら溶かし始める。 それを見つめながら秀一は、本当に手際の良い子だよなあと、暢気に感心していた。

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