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「で? なんでまた休日に、お菓子作りなんてしようと思ったんだ?」 「うるせぇなっ……、テメエには関係ねえ」 「そんなこと言わず、教えて欲しいなあ」 アーモンド風味の牛乳を、氷水入りのボウルにあて、とろみがつくまでゴムベラで混ぜながら、少しずつ丁寧に溶かしていく。 一度ならず二度までも、背後では秀一が同じ質問を繰り返し、終いには手が離せないのをいいことに、腰にするりと腕をまわしてくる。 この野郎ッ……、今すぐにでも引き剥がしてやりたいところだが、生憎目先のことに集中していてそこまで手がまわらない。 ……ああ、それなら。 「いって……!」 自分には足があることを思い出し、すぐ傍に居たスリッパ目掛け、思いきり踵を落としてみる。 するとすぐにも秀一からは声が上がり、なかなかに良いダメージを与えられたことが分かり、内心ざまあみろとほくそ笑んだ。 「痛いなあ……、酷いよ咲」 背後で嘆く言葉に構わず、最後に生クリームを加えながらよく混ぜ合わせ、幾つかの型を傍に用意しておく。 秀一はと言えば、力強く足を踏んでも身体は離れていかず、ギュッと後ろから抱き締めながら肩に顔を埋めている。 さっきよりもひでえじゃねえか……、ああ動きづれえな……。 ヘタレな大型犬に密着され、鬱陶しいことこの上ないのだがどうにもならず、半ばげんなりしながら型の9分目まで液を流し込み、それを何回か繰り返す。 「……あ、そういえばソレ、昨日颯太が持ってたよな?」 「……」 二つ目の型に流し終えた時、思い出さなくてもいいことが蘇ったらしく、パッと顔を上げてすぐにも言葉を紡ぎ出す。 とてもよく耳に届いていたが、何も聞こえませんとばかりに無視を決め込み、三つ目の型に液を注ぎ込んでいく。 名の挙がった三男坊は、兄二人と仲良く何処かに出掛けており、確実に夕方までは帰って来ない。 それをいいことにコッソリと、全く乗り気無く面倒臭そうにあしらっておきながら、なんだかんだで今こうして一生懸命に作っている自分は本当に情けないなと、改めてがっかりした。 「アレ? 知るかそんなもん、なんて言ってなかったっけ?」 「……気が変わっただけだ」 「そうかそうか。相変わらず優しいなあ、咲は」 「チッ……、調子乗ってんなよこのボケッ」 インターネットで偶然見つけたらしく、印刷したコピー用紙をパタパタと風に乗せながら、なんの前触れもなく言ってきたことが始まりだった。 『咲ちゃん! コレ食べたい!』 と、それはもう唐突に、ソファに腰掛けながらテレビを観ていた時、やって来た颯太がそう言ってきたのだ。 もちろん乗り気では無く、そんな面倒なもん誰が作るかと、知らねーよとあしらっていたのだけれど、仔犬の様に澄んだ瞳に見つめられ続け、結局のところは気が向いたらなと返事をしてしまった。 そうして翌日、早速材料を購入して作り始めてしまい、我ながら阿呆だと思いながらも今に至る。 心の片隅では、こんなことで嬉しそうに笑ってくれるのならば、安いものだと巡らせながら。 「……よし。オラテメエ、いつまでも引っ付いてねーでコレ冷蔵庫に入れとけ」 「おっ。美味そうだなあ」 用意していた型に流し終え、金属製のトレーにそれらを並べると、後ろで立っていた秀一に差し出し、冷蔵庫で冷やしておくよう命ずる。 そこでようやく身を離れ、すぐ傍に鎮座していた冷蔵庫を開けると、空きスペースに先ほどのトレーを入れて、ゆっくりと扉を閉める。 「……余っちまったな」 もう少し余分に型を用意しておくべきだったかと、多少まだ残っているクリームを見つめながら、どうしたものかと思案する。 別に違うもんに入れたって味変わんねえか、という結論に行き着き、適当な容器にでも入れておこうと、食器棚へ探しに行こうとする。 しかし戻って来た秀一が、また先ほどと同様に背後から抱き付いてきたせいで、振り向くことすら出来なくなってしまう。 「……テメエな、引っ付くなってさっきから言ってんじゃねえか」 「コレ余ったのか?」 「ああ……。あッ! テメなにして!!」 ああクソ動きづれえな、つか動けねえよ……、なんてうんざり思いながら、秀一の問い掛けに答えた直後、信じられない様な場面に遭遇する。 「う~ん、美味い!」 「美味いじゃねえよなに考えてんだテメエッ! いきなり指突っ込むバカがいるか!」 あろうことか秀一は、別の容器に移し替えようとしていたクリームに指を突っ込み、舌で舐めとって味を確かめ始める。 テメエがそんな食っちまったら、もうコレ使いもんになんなくなんじゃねえかッ! 突拍子もない行動に頭が痛くなるも、こうなってしまってはもうどうしようもなく、このクリームを残さず片付けてもらうしかない。 「テメエコレ全部食えよ?」 「えぇ!? コレ全部ッ!?」 「ったりめえだろがッ……、責任とってテメエが全部喰らいやがれ」 「コレ全部かあ……、流石にこの状態を全部は、なかなか骨が折れそうだなあ」 「テメエがバラ蒔いたことだろが。とっとと食えボケ」 淡々と切り捨て、洗い物を済ませたいのだが身動きが取れず、いよいよ苛立ちが昇り詰めそうになっていた時、そうだ! と秀一から元気良く声が発される。 何かいいアイデアが浮かんだのか、意図するところは全く分からなかったけれど、またも自らの指にクリームを絡め取ると、そのまま何故か、此方に差し出してきた。 「……なんのマネだ」 「どんな味かはもう試したのか?」 「別に必要ねえだろ」 「まあまあいいから、一口だけでも食べてみなって。味を知っておくのも、大事なことだろ?」 「うるせえなっ……」 とは言え、味には問題ないだろうと自信を持ってはいたけれど、一度はやはり確かめておいたほうがいいのかもしれない。 お菓子作りなんてこれまでに殆ど経験が無く、予想している味とは多少なりとも違っているかもしれない。

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