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「颯太は寝たか……」 零時過ぎ、ようやく辿り着いた我が家を見上げれば、三男の部屋が暗くなっている。 けれども二人の兄はまだ起きているらしく、それぞれの部屋からは煌々と灯かりが漏れ、一体何をしているのやらと思う。 辺りは静まり、立ち並ぶ住宅からは殆どの光が消え、安らかな眠りへと入っているようだ。 視線を一階へと移し、居間からも穏やかな光が漏れていることを知り、自然と表情が綻んでいく。 もう遅いっていうのに……、お前ってやつは……。 「ただいま」 普段通りを装い、玄関を開けると同時に抑え気味の声で、居間に帰ったことを知らせる。 「おう」 すると程なくして、足音と共に開かれた扉から一人の青年が現れ、言葉少なに声を漏らす。 表情は無いけれど、優しく穏やかな雰囲気が身を撫でていき、つい置かれた状況を忘れてフッと、笑い掛けてしまう。 「……んだよ気持ち悪ィな」 「そんなこと言うなよ。咲に会えて、すごく嬉しいんだから」 鍵を掛け、玄関先に鞄を置いて靴を脱ぐと、壁にもたれて佇んでいる咲の元へ、穏やかな笑みを浮かべながら進んでいく。 ふっと一度は視線を逸らし、居心地悪そうに悪態をつきながらも、目の前へと立った此方に気付いてからは、遠慮がちにも再び瞳を合わせてくる。 「知るかボケ。でどうすんだ? 風呂か飯か」 「そうだな……、まずは咲がいいな」 「そうか……。ならまずは熱湯に沈んで来い、この大ボケ野郎」 「ハハハッ、残念」 誘い文句はさらりとかわされ、風呂場を指し示してきたかと思えば、素っ気ない態度で居間へと消えていく。 どうやら風呂に入っている間に、夕飯の仕度をしていてくれるようだ。 去り行く後ろ姿を見つめ、ギュッと胸が締め付けられていくのを感じる。 俺は一体……、どうしたらいいんだ。 お前に別れを告げることなど、俺にはとても……。 「でも……、このままではいられない」 そっと囁き、ネクタイを緩めながら風呂場へと向かい、上着を脱いで棚に寝かせる。 追いやろうとしても、許枝に浴びせ掛けられた言葉がいつまでも、内で木霊しては苦しめる。 俺のことはどうでもいい……、けれどもお前たちだけは、何があろうともこの手で守りたい。 そう例え、心を鬼にしてでも――。 「おい」 「え?」 ハッと見れば、いつの間にやら咲が目の前で立っており、バスタオルを手にしていた。 「ボケッとしてんじゃねえ」 ぶっきらぼうに言い、真っ白なバスタオルを棚に添えると、立ち去るべく踵を返す。 手離したくない、けれどもお前の幸せを、誰よりも願っている。 「なっ……、おい。秀一?」 思わず手が伸び、離れていく身体を強く引き寄せると、背後からキツく抱き締める。 風呂上がりなのであろう、温かな身体からは石鹸の香りが漂い、ふわふわとした猫っ毛からも、甘い匂いが鼻孔をくすぐっている。 「どうし、んっ……!」 突然どうしたのかと思い、いきなり背後から抱きついてきた此方に、振り返りながら声を掛ける。 けれども紡ぎ終える前に、ついと顎を上げて唇を塞ぎ、舌を割り込ませて貪り喰う。

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