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――翌日。 昨夜とは打って変わり、早い時間に家へと帰り着けば、玄関先にまで賑やかな声が聞こえてくる。 「あっれ~!? パパりん今日、ちょう早くねえ!?」 気配を察したのか、居間からは瑛介が顔を覗かせ、次いで颯太も廊下へと飛び出し、パタパタと目の前まで駆け寄ってくる。 「父さん、おかえり!」 「ああ、ただいま」 クシャりと頭を撫でてやると、颯太は嬉しそうに顔を綻ばせ、早く早くと言わんばかりに腕を引き、居間へと歩き出す。 「おかえり」 目を向ければ、ソファで読書に励んでいるらしい桐也が、顔を上げて言葉を掛けてくる。 それに微笑み返し、台所から出てきた咲と視線が合えば、特に何を言うでもなく佇んでいる。 いつもと変わらぬ光景、穏やかに笑い、温かな言葉を掛け合うかけがえのない家族たち。 「咲ちゃん! 今日のお夕飯なんだっけ!」 「さっきも言ったじゃねえか……」 「忘れちゃった! だから父さんにも聞こえるようにもう一回言ってよ!」 「なんだそりゃ……。ったく……、ハンバーグだ。文句は言わせねえ」 顔を俯かせ、照れ臭そうに台所へと逃げ込む咲を追い、颯太が嬉しそうに後をついていく。 夕飯はもう出来ているようで、食欲をそそる香りが辺りそこら中に漂い、普段であれば当たり前の食卓が、今は涙が出そうな位に切なくて仕方がない。 ――言え、さあ早く! 台所からは、幸せそうに笑う颯太と、小さくて聞き取れはしないけれど、咲がきちんと答えてくれているのが分かる。 視線を向ければ、先ほどまで大人しく本を読んでいた桐也に、いつの間にやら瑛介がのし掛かって邪魔を始めており、いつも通りの光景が広がっている。 これまでであれば、自分も温かな中心で笑い、家族団欒を幸せに過ごしていたことだろう。 けれどももう、それは出来ない。 ――言え、さあ早く! 胸の内で先ほどから、一刻も早く全てをブチ壊せと、無責任にも背中を押し続けている。 そんな簡単にッ……、踏み切れるわけがないだろう! でも、それではいけない。 それではなんの解決にもならず、家族をより危険な目に遭わせるだけだ。 決断しろ、早く、早く、早く、早く……! 出来ないだなんて言葉は許されない。 俺にはもう……、選択肢すら始めから、ありはしないのだから……。 「いいもん持ってんじゃーん! 俺も読みたーい! 貸して貸してー!」 「んな気もねえくせになに言ってんだ! 欲しけりゃ自分で買え!!」 「じゃあ特別に、身体で支払わせて頂きます」 「なにが特別だ~! うわ寄んなバカッ! へんたいっ!」 じゃれあう姿を見て、喧嘩するほど仲が良いを地でいく二人は、しっかりとした絆で結ばれている。 だから喧嘩をしていても、微笑ましく見守っていられる。 「咲ちゃん! コレ誰のぶん?」 「それは……、お前のだ」 「そっか! へへっ、俺のハンバーグー!」 台所から現れ、進んで手伝いをする颯太は本当に嬉しそうで、後を追う咲はとても穏やかな表情を浮かべていて、暖かなその光景に息も出来ないほど胸が苦しくなる。 この手で壊さなければ、ならないなんて……。

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