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「言葉通りだ。一度言えば分かるだろう」 「なに言ってんの父さん!」 「おいおい親父……、冗談にしてはキツくね? 今日エイプリルじゃねえし」 「言葉通りだと言っている。何度も言わすな」 想像以上に冷たい声、そして突き放すような言葉の羅列に、まだ何か言いたそうにしていた息子たちも、あまりの態度に思わず唇を引き結んでしまう。 何も考えてはいけない、迷ってもいけない。 どれだけ憎まれてもいい、恨んでくれて構わない。 けれど、大切で愛しいお前たちだけは、誰の手も借りずにこの手で、必ず守ってみせる。必ず……。 「咲ちゃんッ?」 押し潰されそうな静寂、そこへガタりと音を上げ、咲がすっと席から立ち上がる。 すぐにも颯太が視線を向け、今にも泣き出しそうな声を掛けても、咲は何も語らなかった。 「……世話になったな」 拒むことも、怒鳴ることも、言い返すこともせず、咲はすんなりと全てを受け入れ、そっと静かに一言だけを紡ぎ出すと、何事も無かったかのようにこの場を去っていく。 「咲ちゃん!? 待って咲ちゃん!!」 扉を開け、去り行く足音を聞いていれば、ハッと我に返った颯太が立ち上がり、玄関へと足音荒く走り出す。 視線すら合わさず、横切る姿だけを視界に入れ、次第に遠ざかる音を聞く。 ふと前を見れば、主を失った席がぽつんと、食べかけの料理と共に残っている。 ――何も考えるな……! 感情に囚われるな、後ろを振り返るな、後悔をするな、鬼と化せ……! それでも油断をすれば、すぐにも席を立って追い掛け、力強く咲を抱き締めてしまいそうだった。 そう出来ない自分が、どうしようもなく情けなく思えた。 「やだ! 行かないで咲ちゃん! 行っちゃやだ!!」 玄関先からは、懸命に引き留めようとする颯太の声が聞こえ、切なく涙に震えていた。 箸を置き、悲痛な叫びを聞き流しながら、無感情にただ前だけを見つめる。 桐也と瑛介は顔を見合わせ、考えもしない事態に戸惑い、成す術なく唇を閉ざしていた。 「やだっ!! 咲ちゃん……!!」 そして一際大きくなった声と、閉ざされた玄関の音が響き渡り、この家から咲が去ったことを知る。 望む通りの展開、つつがなく運ばれた事を俺は、もっと喜ばなくてはいけないのに。 この喪失感はなんだ、群がる渇望はなんだ、これが正しい道だろう、いつまで俺は迷っている……! 「颯太……」 涙を流し、力無く戻ってきた颯太にたまらず、桐也が席を立って駆け寄る。 大きな目からはポロポロと絶えず涙が伝い落ちており、桐也はその身を優しく抱き寄せ、柔らかな髪を撫でてやる。 「……咲ちんは?」 颯太へと振り向き、躊躇いがちにも唇を開いた瑛介は、頬を濡らす涙に眉を寄せる。 「う、くっ……、俺の頭、ポンポンて撫でてからっ……、うっ、なにも言わずに、出てっちゃった……」 そうか……、結局アイツはあの一言だけを残して、この家から去っていったのか。 それは良いことなのだ、文句一つ言わずに立ち去り、後腐れ無く別れられたのだから。 けれども何故だろう、別れ際の姿を知って、これまで包まれていた真意を突きつけられたようで、それは心にポッカリと穴を開けた。 もしかしたら俺は、もう随分と前からお前のことを、この家に縛り付けていたのではないだろうか。 お前は優しい子だから、今までずっと言い出せなかったのかもしれない。 そうであればいい、そうならお前は清々とした気持ちで、今頃一人歩いていることだろう。 ……ハハッ、参ったな。 ひょっとして俺はずっと、空回りしていたのだろうか……。

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