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「秀一ッ……?」
これまで塞き止めていた想いの数々が、たった一言で脆くもくずおれていき、いとも容易く決壊させてしまう。
気付けばその身を抱き寄せ、愛しい温もりを間近に感じながら、キツく咲の身体を抱き締める。
これまでに何度望み、その度に諦め、想いとは裏腹な行動をとってきたことであろう。
しかしこうなってしまっては最早止められず、この手から二度と離すまいとキツく抱き締め、今此処に居る存在の全てを肌で感じていく。
「すまないッ……、すまない、咲ッ……」
喉の奥にしまい込んでいた言葉、もう面と向かって言える時など来ないだろうと、諦めるしかなかった謝罪の数々が、堰を切ったかのように唇から溢れ出す。
辛く当たり、繊細な心を傷付け、あれほど尽くしてくれた愛しい者を、仕方が無かったとは言え理由も無く、家から追い出してしまっていた。
彼はあれから一体、どのような気持ちで帰っていったことだろう。
近しい者にも漏らさず、辛く苦しい気持ちを一人で抱え込みながら、何度声を押し殺して泣いていたことだろう。
幾ら子供たちに頭を下げられたとは言え、こうして面と向かえばまた、心に傷を負わされてしまうと分かっていたはずなのに。
それでも折れず、遂には頑丈に施錠されていた心の奥底へまで入り込み、いとも簡単に想いの数々を引き出されてしまった。
本当に敵わないな……、お前には……。
「……もう、無理すんな」
うわ言のように謝罪を繰り返す此方へ、するりと手を伸ばしてきたかと思えば、ポンポンと背中を二度、優しく叩かれる。
それは何よりも心を落ち着かせ、冷たく徹することを義務付けてきた我が身に、芯から心地好い安らぎを与えてくれる。
こんなにも心を穏やかに、優しい気持ちになれたのは一体、いつ振りだろうか。
あれからまだ数日しか経っていないというのに、日々が辛く濃過ぎたせいか、もうずっと以前から心を閉ざしていたように思えてしまった。
「……話して、くれるよな?」
「ッ……」
拒むこともせず、素直に抱き締められていた咲が、躊躇いがちに言葉を掛けてくる。
それはこれまで抱え込んでいた全てを明かすことであり、死んでも決して話すまいと、胸に誓っていた事情の数々。
このまま隠し通せるとは思えず、何かを抱えていることはとうにバレており、黙したところで咲はきっと引き下がりはしないだろう。
しかしそれでも、言う言わないでは状況が全く異なってしまう。
明かそうが明かすまいが地獄であることに変わりはないが、このまま黙していれば少なくとも、咲の身はまだ守れるのではないだろうか。
「……俺は、お前に情けねえとこまで全部、見せてるつもりだ……」
心はとうに折れながらも、事情だけはなんとか隠し通せはしないだろうかと、このような状況を自ら導いてしまったというのに、まだしぶとく一人で抱え込もうとする。
問い掛けには答えられず、あらゆる感情を思い巡らせながら、明かそうとする弱き心と葛藤を繰り返す。
暫し間を空け、また一段と薄暗さを増した下界でじっと抱き締めていれば、咲がボソボソと何かを語り出し、耳を澄ましてそれに聞き入る。
「でも、お前は……、全部見せてるようで……、肝心なとこはそうやって、いつも隠そうとする……」
「咲ッ……」
「俺はっ……、いつになったらお前と対等になれんだよッ……」
「なに言って……」
抱き締めを解かれ、胸元に拳を押し付けてきた咲が、切なげに言葉を漏らしてくる。
それは彼が、これまで少しずつ積み重ねてきた想いであり、胸の内でひた隠しにされていた、切実なる望みであった。
「俺じゃ……、お前の背負ってるものの半分も、分けるに値しねえのか……?」
「そんなことはッ……」
「なら言えッ!! ……ッもう、俺の知らないところでッ……、一人で苦しむのはやめてくれっ……」
「咲ッ……」
胸ぐらを掴み、たまらず額を押し付けてきた咲が、もうたった一人で何もかもを背負うのはやめてくれと、涙ながらに切ない胸の内を訴えてくる。
良かれと思い、幸せを願いながら選ばれた言動の数々は、自分が思っていた以上に咲を、家族を傷付けていたのだと知る。
それでも他に、この手で守れる術が無かった。
けれどもそれは結局のところ、誰一人として心から幸せにはなれず、やりきれない想いと、切ない未来を残すだけであった。
しかしそうであったとしても、自分の勝手に巻き込んで傷付けるよりかは、遥かに希望ある先行きだろうとそう、思っていた。
けれどもその考え方は、根底から誤りでしかなかったのだと知る。
そして今回に限らず、もう随分と前から……、知らぬ間に咲と距離を置いていた現実を突きつけられる。
当然ながらそのようなつもりはなく、どれもが咲の為にとられた行動であったのだけれど、それは彼との間に距離を置き、冷たく突き放していることと変わりなかった。
言わないだけが優しさではない、突き放すことも騙すことも、本当の幸せからは程遠い。
しかしだからと言って、抱える事情を全て吐露するにはあまりにもリスクが高く、いよいよ咲をこの手から逃せなくなってしまう。
「……いいのか。これを言えばもう、お前も後戻り出来なくなる……」
場合によっては、最悪の事態も考慮しなければならないほど、先に控える舞台はシビアなのだ。
声を掛け、未だ胸元に顔を埋めている咲へと、遠くを見つめながら念を押す。
もう……、俺には決められない……。
けれども出来ることならば、お前を危険に晒すようなことだけは避けたい。
しかしそうは思いながらも、一人で抱え込まずに打ち明けてくれと、涙ながらに訴えてきてくれた気持ちが、本当に心の底から嬉しかった。
だからこそもう、追い詰められた判断に身を任すことはやめ、彼の望むまま、ありのまま全てを、素直に受け入れたいと思った。
「咲……?」
思い巡らせ、どのような回答が得られるかを待っていれば、咲が胸元から顔を上げ、此方をじっと見つめてくる。
そしてすぐにも背を伸ばし、ぐんと互いの距離が狭まったかと思えば、突然触れるだけのキスが落とされていた。
「えっ……」
あまりにも唐突な出来事、それは彼の性格上まず有り得ないことであり、事態は予想すら出来なかった未来へと、いつの間にか転がり込んでいた。
「念押しなんていらねえっ……。テメエはテメエの抱えてるもんとっとと吐いちまえ……」
息遣いを間近で感じながら、咲は自分の気持ちを包み隠さず明かし、覚悟ならとうに出来ていることを告げてくる。
そうして瞳を合わせ、再会を果たしてから初めて彼が、ふっと微笑みを浮かべてくる。
「それが……、俺の答えだ」
そう言われてしまってはもう、此方には返す言葉も無い。
申し訳なさや愛しさ、様々な感情を上手く言葉で紡げない代わりに、その身をまたキツく、腕の中へと閉じ込める。
本当の意味で通じ合い、心の底から互いを求めてようやく分かり合えたことを、この先もきっと忘れはしないだろう。
無くてはならない存在に触れ、確かめるように強く抱き締めながら温もりを感じる。
その一時からまた離れなければいけないと分かっていても、愛する者が側に居てくれる現実は、それがどんなに過酷なことでも心を強くさせていく。
まだ死んではいない、しっかりと生きているのだと。
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