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「早かったな」 明滅する灯火、その下を丁度通り過ぎたところで、何処からともなく声が響いてくる。 共に足を止め、辺りへと視線を向けていれば、やがてコツコツと靴音が響き始め、太く寒々しい柱の陰から、諸悪の根源である人物が姿を見せる。 「許枝……」 「会いたかったぞ、秀一。この時をずっと……、待っていた」 不敵に微笑み、数日振りに再会を果たした許枝が、目前へと距離を置きピタリと足を止める。 一帯へと敷き詰められた車、恐らくそのどれもが許枝の手のものであり、逃げ場は無いと瞬時に察する。 「ところで……、その男はなんだ?」 咲を一瞥し、招待した覚えのない者の存在を、眉一つ動かさず聞いてくる。 それだけで背筋が凍り付く思いであったが、そのような素振りはおくびにも出さず、笑みを返して言葉を告げる。 「気にするな。記念の時を、立ち会ってもらうだけだ」 少しでも此方に意識を向かせ、咲への興味を削ぎ落とさなければならない。 その為、大した関係ではないように答えを紡ぎながら、許枝と相対していく。 「そうか……、なるほどな。彼がお前の大事な、イロというわけか」 笑みを刷き、納得するように唇を開きながら、咲へと視線を向ける。 まさかそのようなことを吐かれるとは思わず、咲の性格上殴り掛かっていくのではないかと視線を投げ掛ければ、隣では微動だにせぬまま黙って話を聞いている姿があった。 下手な行動は命取りであり、常に思考を冷やしておかなければいけないと、咲なりに思っての行動であろうか。 けれども今は、じっと隣で佇んでくれていることに安堵し、再び許枝へと向き直る。 「初めまして、芦谷咲くん。実物のほうがより、美しいな……」 そして紡がれた台詞に、今回ばかりは瞳を見開き、咲と共に驚愕せざるをえない。 始めこそ誰かと聞いておきながらも、実際にはとうに調べなどついていたらしく、瞬時に嫌な予感が背筋を凍り付かせていく。 「三人の息子さんたちは、今日は来ていないようだな。桐也、瑛介、颯太……、と言ったかな?」 「貴様ッ……」 身から遠ざけ、完全に家族を突き放せていたとして、迎える終幕は破滅。 品のある笑みを浮かべ、柔らかな口調で追い詰めていく許枝は、ヒトの皮を被る悪魔に違いない。 どのような繋がりから詳細を暴き、何処まで把握されているのか見当もつかないが、一つ言えることがあるとするならば、事態は更に深刻になったということ。 クソッ……、やはりアイツらだけにするべきではなかった……。 しかし他にどうすれば良かった……、行動を共にすれば更に危険を近付けさせるだけじゃないかッ……。 「何処かへ出掛けるにしては、随分と近場のホテルを利用していたな」 「ッ……!」 考えに考え抜き、ようやく苦しい決断を果たせたというのに、すでに許枝の耳には、彼等三人の行方すら容易く掴まれている。 我が身に逃れる場が無いのはいい、けれども家族までもを巻き添えにし、光を奪うことなど許されるはずがない。 すっかり俺は……、コイツのことをナメていたようだ。 恐らくは至るところで、許枝の配下が陰で動いていたのだ。 事態は絶望的に、不利な状況へと陥っていた。 「しかし……、翌日からの彼等の行方が掴めていない」 「……なに?」 今どうしているだろうか、無事でいるだろうかと思考を巡らせ、すまないことをしたと悔いている時に、許枝の唇から信じられない言葉が落とされる。 行方が掴めていない……? どういうことだ……、まさかアイツらの身に何か……。

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