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「外でキミと会い、別れて一旦三人は、再びホテルへと戻ったそうだ。すると今度は金髪の男とホテルを出て行き、それ以降の消息が全く掴めなくなってしまった」 キミと言いながら咲を見つめたことで、思わず隣へと視線を向ける。 そこで思い出されるのは、数時間前に咲が言っていた、瑛介たちに頭を下げられたということ。 彼等が咲と会ったことで、辿るはずであった光無き未来が、抗い難い力で道筋を変えようとしている。 まさか……、金髪の男というのは……。 「フフ、全く……、使えない配下が居ると困ったものだ。お陰で大事な保険を失ってしまった」 「ッ……」 考えが正しければ、三人をホテルから連れ出してくれたのは、咲の弟である來。 この場合とても有難いことではあるが、一体何故……。 それに今彼等は何処に居るのだろうと咲を見つめ続ければ、チラりと視線を向けてきた彼と目が合い、コクンと微かに頷かれる。 憶測は確信へと変わり、やはり來が三人を安全な場所に連れ出してくれたのだと、その仕草一つで全てを悟る。 結局俺は、一人では破滅的な判断しか出来ず、結果として家族を危険に曝してしまっていた。 一人でなど、何も出来なかったのだ……。 本当に……、助けられてばかりだな……。 「お前は相変わらず、隠し事が上手だな。まあいい……、秀一、お前の答えを聞こうか」 不安の種が一つ消え、來と一緒であるならば大丈夫だと、瞳に再び強き光が戻っていく。 後でお礼を言わないとな……、もちろん、謝罪も含めて……。 無事にこの場を抜け出せるかもまだ分からないというのに、姿を思い浮かべてそのようなことを思ってしまう。 すると許枝は声色を変え、鋭く危なげな光を目に宿しながら、本題へと切り出してくる。 答えなど聞かずとも、許枝の思う通りに事を進めていくつもりだろう。 選択肢など用意されておらず、始めから答えるべき言葉は決まっているのだが、許枝はこの唇から言わせたいらしかった。 けれども俺も、自分の思う通りにしか事を進める気はない。 確かに答えは一つしかないかもしれないが、お前の手足になどなる気もないのだから、無理矢理にでも新たな解答を用意することにした。 「断る」 「……なに?」 幾ら絶望的であったとしても、その気さえあれば未来など、どれだけ困難な道のりでも手中におさめることが出来る。 始めから諦めることなど愚か、こうして助けの手を差し伸べてくれる者が居るというのに、戦おうともせずに身を任すなど罪。 だから言ってやれ、どれだけこの身を危険に晒そうとも、俺は俺の信じる者の為に戦うと。 ヒトに戻れないのなら、ヒトと見紛う位の獣になってやれ。 そんな異端が一人位居ても、珍しくていいだろう。 「お前の元に戻る気は無い。よって、お前との縁は此処で断ち切らせてもらう」 「……本気で言っているのか?」 「ああ……、もちろんだ」 それから暫し間を空け、広大な屋内に静寂が訪れる。 冷えた目付きで此方を見つめ、空気が次第に重く苦しいものへと変わっていき、いよいよ全てを終わらす時がきたと感じる。 縁を断ち切ると言ったところで、許枝が黙ってこの身を解放するわけがなく、じっと瞳を合わせながら自然と身構えていく。 「フッ……、少し仕置きが必要なようだ」 予感は的中し、辺りから次々に組員が姿を見せ始め、あっと言う間に囲まれる。 これは……、参ったな……。 あまりにも絶望的な状況に頭がイカれたのか、圧倒的に不利な場でありながらも、表情には笑みが浮かばれていく。 自然と咲と背中合わせになり、辺り一帯を取り囲まれて、全てに注意を払わなければならない。 「咲……」 微かに声を漏らし、背後で立つ咲へと言葉を掛ける。 しかし返事は無く、答えてくれる様子も無かったけれど、聞いてるものとして構わず言葉を続けていく。 それはあまりにもシビアな一言で、重く苦しい台詞であったのだけれど、何故か軽口を叩くようにするりと出ていき、記憶に焼き付くような囁きであった。 「悪い……、俺と死んでくれ」 すると彼は、背中合わせにフッと、小さく微笑みを浮かべる。 「仕方ねえな……」 そして言葉を聞き、静かに目前の敵へと互いに意識を向けていく。 「遊んでやれ」 そうして許枝から放たれた一言を合図に、群れが大波のように押し寄せてきた。

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