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多勢に無勢、あらゆるところから押し寄せる波を前に、記念すべき最初の標的を定めると、殆ど同時に互いの背から離れていく。 心配はしていない……、お前ならこんな雑魚ども、容易く片付けてしまえるだろう。 少々人数の多いところが難点ではあるけれど、お互いに複数相手の戦いには慣れている。 「オイコルアァッ!! テメエの相手は俺だァッ!!」 狙いを定め、標的へと拳を打ち込むべく近付いていれば、何処からともなく聞こえてきた叫びと共に、威勢良く横から新たな敵が飛び込んでくる。 「俺ァテメエのことなんか認めねえッ!! 昔どれだけ親父と死線潜り抜けてきたか知んねえがッ、とんずらかますような奴なんざ信用出来るかッ!!」 二十代そこそこであろうか、敵意剥き出しに言葉を並べ立て、本気で此方を潰すつもりで殴り掛かってくる。 親父と慕い、許枝に絶大なる信頼を寄せているようで、そんな彼を騙し続けた上に裏切り、忽然と姿を消していたことがどうにも気に入らないらしい。 その上、万が一にでも組へと戻るようなことがあれば、特にお咎めも課せられないまま許枝の右腕として、何事も無かったかのように復活を遂げられてしまう。 一から積み重ねてきた者にとっては、なんとも許しがたい現実。 だが安心しろ……、さっきも言った通り、許枝の手足になるつもりなど更々ない。 「お前程度に認められても、ただ不愉快なだけだな」 「んだとコルアァッ! テメナメた口ばっか聞いてっとどうなッ、ガッ……!」 荒削りだが筋は良く、今後も真面目に鍛練を続けていけば、いつかは一介の組員から抜け出せることであろう。 しかし今のところはまだまだ力量不足で、不良上がりの荒々しい拳を完全に見切ると、それだけで戦意を失わせるような重い一撃を、若衆の腹部へとお見舞いする。 この程度の実力ばかりならば、咲が傷付けられることはまずないな。 「どうなるんだ……? 程度の低いことは分からなくてな……、俺には考えすら及ばない」 「ぐっ……、テ、メッ……」 根性はあるらしく、圧倒的な力の差を前にしても、膝を落とすことなく立ち続ける。 けれどもダメージは大きいようで、痛みに眉を寄せながらも鋭く睨みつけてはいるが、実際は今にも倒れそうな位に足取りをふらつかせていた。 「ッ……!」 しかし若衆を一人撃破した位では、絶望的とも言える不利な戦況は変えられず、次から次へと新たな敵が押し寄せてくる。 打っても打っても後を絶たず、よくもこれだけ集めたものだと感心してしまいながらも、心には何処か余裕が残っている。 それはきっと、先ほどから側で戦っている咲の存在が、血生臭く殺伐としたこの世界で唯一、光と精神の安定をもたらしてくれているからなのだろう。 もしこの戦いが自分一人であったならば、親を殺ることだけをひたすらに考え、捨て身の攻撃も厭わなかったことであろう。 けれどもそれではいけない、自らも生き残ることで先へと進んでいかなければ、これまで背負ってきた罪の償いすら出来なくなってしまう。 死んでもいいと思っていた、大切な者が生きてさえいてくれれば、彼等の未来が約束されてくれればそれで良いと、心からそう思っていた。 俺に生きる価値は無い、しかし華々しく散っていく価値など、この身には更にありはしない。 言い訳と言われようが、後ろ指をさされようが結局のところ、俺は生きていたいのだ……。 何を背負ってもいい、どれだけの困難が待ち受けていようとも構わない、これから先もずっと大切な者たちと、共に笑って生きていけるのならば。 「うぐっ……!」 何十人目かの呻き、向かう者を次から次へと打ち倒し、額には汗が滲み出す。 殆どの者が大したことないとは言え、やはり大勢が一斉にかかってくると少々きついものがあり、顔に一発、腹部に一発と、相手の攻撃を許してしまう瞬間がどうしても生まれてしまう。 けれども徐々にではあるが、群がる人数が少なくなってきたように思え、僅かながらも光が見えてくる。 形勢逆転も夢ではなく、自らの手で未来を切り開いていきながら、何人目かも分からない組員にとどめの一撃を喰らわし、男がふらりと横に倒れていく。 「ッ……」 広がる視界、先では許枝が一人佇んでおり、変わらぬ微笑を浮かべながら此方を見つめている。 そうして視線を逸らさぬまま、ゆっくりと利き腕を上げていくことに気を取られ、気付いた頃にはもう、すでに手遅れであった。 「ッ……!」 鼓膜を貫き、爆発でもしたかのように辺りへと響き渡り、すぐにも鼻孔をくすぐるのは、許枝の手から放たれた硝煙の香り。 「くっ……!」 一瞬、なにが起こったのか分からなかった。 しかし現実は恐ろしい速さで追い付き、足にズキりと激痛が走ったかと思えば、漆黒の生地をジワりとどす黒く染め上げていく。 襲いかかる痛み、焼けるような疼きが弾痕をなぶり始め、我が身も支えられずくずおれる。 「こ、のえだッ……!」 冷えた路面、倒れ込んで足を押さえつければ、傷口からはドクドクと血が溢れていき、触れるもの全てを赤黒く染めていく。 そうしてようやく、自分の身に起こった出来事を理解する。 許枝に、撃たれたのだと――。

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