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「遊びはそこまでだ」 銃を片手に、凍てつくような瞳で見下ろしながら、一時の戯れに終わりを告げる。 漂う硝煙、それは広大な地下迷宮へと行方を眩ましていき、代わりにいつまでも鼓膜へと、呪わしい射的音をこびりつかせていく。 「秀一ッ……!?」 脂汗を滲ませ、焼けつくような痛みを懸命に押し殺しながら、せめて出血だけでも止めようと足を押さえる。 しかし鮮血は溢れ続け、漆黒から更なる闇色へと染め上げると、やがては路面までもを痛々しくけがしていく。 生温かく、鉄臭さを伴いながら手をけがし、後には凄絶なる痛みだけを残す。 そんな最中、遠くから我が身を呼ぶ声が聞こえてくるも、それに答える余裕はとても無く、駆け付ける足音を聞いているだけで精一杯だった。 「おい! 大丈夫か!? しっかりしろ……!」 程なくして滑り込み、肩を掴んで呼び掛けてきたかと思えば、すぐにも溢れ出る大量の血液に気付き、左足を見つめながら眉を寄せる。 銃弾により貫かれ、一時は微かにだけれど見えていた光が、たった一度の発砲で暗く閉ざされる。 抗いは無駄、捨て身を試みても無意味、それは巡る思考に次から次へと絶望だけを残していき、いよいよ何をしても意味がないのだろうかという気にさせる。 始めから……、こうなることは決まっていたというわけか……。 だが、ここまできてっ……、一度は希望を持たせておいてこの仕打ちは……、あんまりじゃないか……。 「秀一、お前に最後のチャンスをやろう」 痛みに耐え忍び、差し伸べられた地獄の救いに顔を上げれば、先ほどまでの笑みは消え失せ、眉一つ動かさず見下ろしている双眸に捕らわれる。 最後のチャンス……、そうは言うが決して、そこに求める未来などありはしない。 コツコツと足音が響き、銃を片手に此方との距離を狭めていきながら、一度も視線を逸らさず向き合う。 チャンスだと……? そんな物騒なものからもたらされるチャンスなど、高が知れているではないか。 「俺と共に来い、秀一」 間を空けて立ち止まり、かつては最も側に仕えていた主から、彼なりの救いが差し伸べられる。 それ程までに特別で、我が身から手離すことなど考えられず、此処で殺してしまうには惜しいという想いから、生き延びられる唯一の術を差し出してくる。 けれどもそれは、新たな生を授かる代わりに魂を売り、渇望すらもやがて忘れていくような世界で、ただひたすらに争いだけを好めということ。 命を繋ぎ生涯を棄てるか、全てを諦め、いや最期まで抗い続けることで、いとおしい者たちをなんとしても守り通すか。 何度言えば分かる、そんなこと始めから決まっているではないか。 もう……、お前とは一時すらも手を組まない、その言葉がお前に出来る最大の譲歩と分かってはいるけれど……、俺とお前の道には、互いが登場することはもう有り得ないんだ……。 溢れ出す血、それは触れる手を赤黒く染め上げ、気を失わせるほどの激痛と共に、最後の決断を迫ってくる。 目前では咲が見つめ、心配そうに瞳を揺らしながら片膝をついている。 お前と出会わなければ、こんなことに巻き込んで、命を危険に曝させるようなこともなかったのにな。 けれども残されているカードには、今や確実なる死、それのみしか描かれていない。 決して後戻りなど出来ず、容易に想像出来る最期を思い浮かべながら、許枝から放たれるとどめを待ち、尊い全てに別れを告げることだけを許されている。 もうそれしか残されていなくても、文句は言わない……。 ごめんな、咲……。 お前を巻き込んでしまうことだけが、今なによりも俺にとって、一番の心残りだ……。

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