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「断るッ……」 息を切らし、痛みに喘ぎながらもはっきりと、正直な気持ちを言葉に乗せる。 何度言ってきたところで変わらず、許枝に差し伸べられた最大限の救いを蹴り、抗い難い死に神を呼び覚ます。 「そうか……。ならば死ね」 一言で決まり、再び銃を構えてきた許枝が、此方の額に照準を合わせる。 躊躇いは無く、冷ややかな言葉を響かせながら、我が生にとどめを刺そうと佇んでいる。 まさか自分が……、こうして許枝に見下ろされながら、銃を向けられる立場になるとはな……。 かつては許枝の側で、自らも冷ややかな目を向けながら、絶望にひれ伏す者たちを見下ろしてきた。 それだけに不思議で、何処か現実との区別がつかないでいた最中、許枝の姿だけがしっかりと輪郭を保っている。 気品に溢れ、いつも誇らしげに笑みを刷いていた許枝が、今や眉一つ動かさず此方を見つめ、引き金に指を添えている。 「俺のものにならぬお前など、ただ知りすぎている邪魔者でしかない」 淡い灯火に包まれ、時間さえも分からぬ地下に閉じ込められながら、ゆっくりと生の終わりが近付いてくる。 出来ることならば、咲だけでも此処から逃してやりたい。 共に死んでくれと告げていても、気持ちとしてはお前だけでも、本当は生き延びていて欲しい。 けれどももう、今となってはそれすら叶わず、不審な動きをしようものなら即、鉛玉の餌食になってしまうことであろう。 「すまない……、咲……」 激痛を押し殺しながら、何も言わずに此方を見つめ続ける咲へと、そっと言葉を漏らす。 守れなくてすまない、結局はお前を道連れにしてしまうことを、本当に申し訳無く思っている。 一度引き金を引かれたら最期、確実に死へといざなわれることであろう。 そうしてお前もきっと、次いで許枝の手に堕ちることとなる。 どれだけ戦うことに長けていようが、結局それだけでは何も……、俺には守れなかったのか……。 孤独に果てるか、愛しくて仕方がない者を道連れにするか、どちらにせよこの手に残されていたのは死、それだけであった。 俺は一番とってはならない道を選び、咲を側に置いてしまったというわけか……。 本当に、すまない……。 「俺は……、後悔なんてしていない」 ポツりと咲が呟き、哀しみと後悔に暮れる魂を、優しくそっと撫で上げる。 視線を合わせれば、先ほどの戦いで口端を切っていながらも、変わらず美しい顔立ちをしている青年が、真っ直ぐに此方を見つめ続けている。 普段であれば逸らされ、なかなか瞳を合わそうとはしてくれない咲が、今は自ら視線を合わせてくれている。 そこには本当に後悔など無く、脱せそうにない絶望に曝されながらも、共に居れる喜びを噛み締めている姿があった。 「お前に会えたから……、今の俺がある。お前が居てくれたから、俺は……、強くなれた」 此方にだけ聞こえるように、時おり照れ臭そうに瞳を逸らしながらも、ずっと心に秘めていた想いを打ち明けてくる。 どうしてお前は、そんなことを言ってくれる……? 結果このような状況へと導いてしまった俺に、何故お前はそんなにも優しく言葉を掛けてくれるんだ……。 誰のことも信用せず、己すらも突き放していた青年が、我が身と出会えたことに喜びを抱き、このような危機でありながらも気持ちを落ち着かせ、心に癒しをもたらしてくれる。 そんなこと……、俺だって同じだ……。 お前が居てくれたから、押し潰されそうな罪と後悔に苛まれながらも、ずっと前を向いていられた。 日々の尊さと、何気ない日常に感じる幸せと、穏やかに笑い合う心地好さを、お前から更に教わった。 そしてヒトは変われるのだということを……、身をもって教えてくれたのは咲、お前なんだよ……。 咲の言葉に耳を澄ましながら、自らも彼にどれだけ救われたことかと、様々な思い出を蘇らせては見つめ合う。 だからこそ……、俺はどうなっても構わないから、お前にだけは生きていて欲しい……。 そうして唯一の望みを掲げるも、事態がどうなるわけもなく、間を空けて紡がれた咲の言葉に、息すらも忘れるほどの衝撃を受けることになる。

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