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「好きだ……、秀一。お前だけは、絶対に死なせたりしない」
ハッとし、見つめた先では微かに微笑む青年が居り、間違えようのない想いを、確かな言葉で告げてくる。
けれどもこの身に付きまとうのは、嬉しさよりも嫌な予感が増していき、その告白の裏でなにを決断したのかと、胸を締め付けられるような焦燥感に駆られていく。
何を言っている……、お前は今、何を考えている……。
「咲、なにをっ……」
嫌な予感がする、此処で止めなければ彼を、喪ってしまうような気さえする。
なんとしても押さえようと手を出すも、怪我を背負う身では力も入らず、咲に優しく払い除けられてしまう。
待てッ……、待ってくれ咲ッ……!
肩からするりと手を離し、覚悟を決めるように一度瞳を閉じると、すっとその場に立ち上がる。
「頼む。コイツを見逃してやってくれないか」
許枝と向き合い、それがどんなに難しく、リスクの高いことだと分かっていながらも、押し通そうと言葉を紡ぎ出す。
奴はそんなことを素直に聞き入れてくれるような男じゃない。
やると言ったらやる、自分の言葉に何よりも責任を持つからこそ、彼等はヤクザと呼ばれているのだ。
「それは最も出来ない相談だな。貴様もすぐに連れて行ってやるから、まずは其処をどいてはくれないか」
交渉へと発展することもなく、一方的に咲の願いを切り捨てると、銃を持つ手で其処をどくよう示してくる。
「なら……、俺の命でコイツを買わせろ」
咲も引き下がらず、二人の命をもぎ取るつもりでいる許枝に、信じられないような言葉を紡ぎ出す。
お前の命で……、俺を買う、だと……?
そうしてお前はどうなる……、もしそれで俺の命を買えたとしてお前はどうなるッ……!
咲……!!
「ほう……? 俺は貴様等まとめて殺すと言っているんだが」
「テメエヤクザだろ。ならもっと懐の広いとこ見せてみろよ」
「なに……?」
挑発的な言葉を生み、許枝の眉をピクりと動かすと、自らの足で射程距離を狭めていく。
「なら貴様……、奴の分も死んでみるか?」
先ほどまで合わされていた照準は、咲の額へと銃口を触れさせたことにより、容易く標的から外される。
何故自ら危険に飛び込むような真似をッ……!
今すぐ馬鹿な行為を止めさせ、間に割って入っていきたいと思うも、立ち上がることすら困難な身体では、歯を食いしばって眺めていることしか許されない。
「やめろッ!!」
やめてくれ……!
何故お前がそんな目に遭わなくてはならない!
二度死ぬかと、たった一撃で綺麗に果てられぬよう、より深い苦しみと絶望を味わいながら息絶えるかと、許枝はそう告げている。
自らが命を果てさせることよりも、遥かに辛い光景が今広がっている。
やめろッ……、頼むッ……!
その引き金を引かないでくれッ……、撃つなら俺をッ……、俺だけを撃ってくれッ……。
そいつは関係ないっ……、頼むから俺なんかを庇って、死のうとしないでくれっ……!
「やめろッ! 撃つなッ!! 殺るなら俺を殺れッ!!」
「と言っているが……?」
「構うな。お前は俺だけを撃ち殺して、アイツを生かしてさえくれればいい」
切なる願いは聞き入れられず、咲は淡々と言葉を口にしながら、一人分の生だけでも勝ち取ろうとしている。
「守ると思うか……? 俺が……」
「ああ。テメエはアイツを生かせる理由を、さっきから探してるみてえだからな」
「……」
核心を衝く言葉に、微塵も表には出さずとも、許枝から紡ぎを失わせる。
咲にはもう、随分と前から分かっていたようで、許枝が受け入れている以上にこの身を想い、生かしてやりたいという気持ちを察し、なんでもないことのようにさらりと言ってみせる。
「誰も文句は言わねえよ。ある意味これが、一番いい結末だ」
生きる世界がある、立場がある、プライドがある。
けれども許枝も、咲と同様に出会えたことを、少なからず良く思っていた。
殺伐とした光景ばかりが目に焼き付いているけれど、ふとした瞬間に見せる表情には、確かにヒトとしての姿があり、決して血生臭い思い出だけではなかった。
「約束しよう。お前を殺る代わりに、秀一だけは生かすことを」
水を打ったような地下迷宮に、許枝の誓いが響き渡っていく。
やめろ……!!
言葉は声にならず、目の前で佇んでいる咲の背中から、視線を逸らすことが出来ない。
そんな誓いなどいらない、そんなくだらない約束などクソくらえ、そんな光景など見たくはないッ……!
「やめろ許枝ッ!! 咲ッ……!!」
荒く言葉を響かせても、二人の元には届かない。
許枝の唇から誓いがもたらされ、銃口を額に押し付けられていながらも、咲は強く、息を呑むほどに美しく笑みを刷きながら、揺るぎない覚悟を声に乗せる。
「その言葉……、命懸けろよ」
そうして咲は、真っ直ぐに許枝と視線を突き合わせた。
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