90 / 132
26
「なんであんな真似をッ……、なに考えてんだお前ッ……、この、大馬鹿野郎ッ……」
上手く言葉を紡げず、自分でも何を言っているか分からなかったけれど、共に生きていることへの喜びが、目尻から涙となって溢れていく。
どれだけ辛い決断をし、何度悲しませても決して伝うことのなかった涙が、堰を切ってとめどなく頬を濡らし始める。
「良かったッ……、生きていてくれてッ……、咲ッ……」
涙で視界がぼやけ、次第に嗚咽を混ざらせていきながらも、ようやく苦しみから解き放たれたことを喜び、号泣する。
そうしてゆっくりと咲が顔を上げ、瞳にうっすらと涙を滲ませながら、泣いている此方を暫くは黙って見つめ続ける。
「秀一ッ……」
血に染まる手へと触れ、ひと滴の涙が頬を伝い落ち、次いで抑え切れずに抱き付いてくる。
確かな温もりを感じ、冷めることのない身体を強く抱き締めながら、互いに格好悪く嗚咽を漏らし、言葉を交わすことなく泣き続ける。
生ある喜び、愛しいものを誰一人として喪うことなく、求めても絶対に手が届かないと思っていた形で、光ある未来を約束された。
これは夢だろうか……、簡単に信じられるはずがない……、こんな、俺が一番欲しがっていた未来を得られただなんてッ……。
「う、くっ……、うっ」
枯れることを知らず、次へと溢れる涙が頬を濡らし、互いの身体をキツく抱き締め合う。
年甲斐も無く嗚咽を漏らし、言葉も紡げぬままただ泣き続け、生きて手を取り合えたことを心の底から嬉しく思う。
もう、生きてこの身体に触れることなど出来ないと思っていたッ……。
絶望的な結末すらねじ曲げ、自らの命を懸けてまで抗ってくれた咲に、本当に頭が上がらない。
決して諦めず、窮地から逃げ出そうともせずに、文字通り全力でぶつかってくれた咲に、言葉では言い表せないほどの愛しさで溢れていく。
本当にお前には……、敵わないな、咲ッ……。
「お前にッ……、渡したいものがあると言っていただろう」
泣き尽くし、先ほどよりかは落ち着いてきた頃、ゆっくりと咲の身体から身を離すと、涙に濡れた声で穏やかに紡ぎ出す。
それはもう、二度と渡すことなど出来ないと思っていた代物であり、揺るぎない愛情の証であった。
同様に涙で濡れ、思い出したかのように唇を開きかけた咲が、物入れへと手を入れた動きに気付き、黙って行く末を見守り続ける。
「悪い……、ちょっと汚れた」
血に塗れた手、持たれた指輪はところどころが赤く染まり、純粋な輝きを鈍らせる。
それでも咲は、一瞬驚いたように目を見開くも、何も言わずに涙を溢し、微かに笑ってみせた。
「ばかっ……、恥ずかしい真似すんじゃねえっ」
「いいだろう……。俺はずっと、お前にこうすることを夢見ていたんだから……」
照れて嫌がる咲に構わず、左手の薬指に指輪を通し、ようやく渡せたことを感慨深く思う。
何度諦め、何度もがき、数えきれぬほどに苦しんできたことであろう。
それでも未来は閉ざされず、様々な者たちの力を借りることで、一番求めていた世界を再び手にすることが出来た。
最後まで俺一人では決して、掠めることすら出来なかったろう世界が、この先も途切れることなく伸びている。
お前と、家族と進むべき道が、穏やかな光に包まれながら存在し、笑いの絶えない日々がまた待ってくれている。
嬉しい……、どうしようもなく嬉しいッ……、今なら喜びだけで死んでしまいそうだッ……。
「これから先もずっと……、俺の側に居てくれ」
指を絡め、囁くように優しく紡げば、照れ臭そうに視線を逸らしながらもふっと、静かに笑ってみせる。
この先もずっと、その綺麗で優しい笑みを見つめながら、共に歩いていくことが出来る。
あの家で、あの家族で、数日前と変わらぬ温かな生活を、再び送っていくことが出来る。
許されている、穏やかで慎ましやかな日々を生きていくことを、約束されている。
「お前一人を、これから先もずっと、愛していくことを誓う……」
「……何にかけて?」
そうしてふっと笑みを溢しながら、咲の耳元に唇を寄せる。
嘘偽りなく、心の底から紡がれた素直な想いが、咲の心へと染み渡っていく。
「俺の……、生涯をかけて」
――誓う。
ただ一人お前を、愛していくことを――。
ともだちにシェアしよう!