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立ち止まることが、何よりも恐ろしかった。 「あのヤロ何処行きやがったアァッ!!!」 闇夜を裂く咆哮、辺り一帯は敵で覆い尽くされ、ある者を血眼になりながら求めていた。 側で気配がし、荒く地を踏みしめながら、憎き相手を誰もが捜している。 此処で見つかれば、ひとたまりもない。 「……クソッ、言うこと聞きやがれっ……」 闇に紛れ、悟られぬ様に息を殺し、片足を引き摺りながら身を隠す。 至るところに傷を負い、我ながら情けなく思うも、此処へ来たことに後悔は無い。 「う……!」 ズキりと痛む足、これでは満足にやり合えず、見つかれば袋叩きにされるだけだ。 かと言って逃げるにも足を使わねばならず、八方塞がりに陥っていた。 「クソッ……、こんなところでっ……」 激痛に耐え、一筋の救いすら無い状況に埋もれながら、敵の気配を敏感に察知する。 ……大丈夫、まだ此処には気付いてねえ。 けれど時間の問題なだけに、今後どうするかを決断しなければならない。 今の俺にあの数はやべえ……、どうすればいい……。 「ぜってぇ奴はまだ近くに居る! 逃がすんじゃねえぞ!!」 滲む汗、額に張り付いた髪を掻き上げながら、捜し歩く集団の存在を耳にする。 このまま潜み続けるか、決死の覚悟で身を現すか、刻々と選択を迫られている。 こういう時、孤独で居ることがどれだけ不便で、また心細いことであるかを嫌でも思い知らされる。 決断を下すも、行動をするも、何もかも自分一人の手に委ねられてしまう。 「いいじゃねえか……、一人で……」 顔を覗かせる弱さ、呟くことで再び闇へと押し戻し、望んで孤独に身を置いていると、改めて言い聞かせる。 好きで独りを選んだはずが、いちいち言い聞かせねばならないのだから、実際おかしな話だと思う。 けれども独りがいい、心安らぐ温もりも、必要としてくれる存在も、何もかも全て煩わしい。 本当にそうか、と異を唱えても、その心は頑なだった。 「……何してんだろうな、俺」 血生臭い暴力が横行する世界へ、身を投じねばならぬ理由など何処にも無かった。 それだけに時おり、自ら招いたはずの状況に戸惑い、ふと我に返る。 血が見たいわけでも、誰かを屈服させたいわけでも、のし上がりたいわけでもない。 それならば何故、わざわざこんなにも暗く冷たい夜を、孤独に過ごし続けているのだろう。 「……行けるか」 足に手を添え、此処をどう切り抜けるか定まり、チラりと現場に目を向ける。 独りを望むも、孤独は余計なことを考えさせる。 それが耐えられないから、どれだけ身体が悲鳴を上げていようとも、茨の道を選んでしまう。 そうすれば何ものにも、思考を囚われなくて済む。 何も、考えなくて済む。 「居やがったなクソ野郎……! テメどうなるか分かってんだろなァッ!」 一息吐いてから歩み出し、敵の眼前へと再び姿を現す。 すぐにも目を留め、囲む様にして動き出した群れを見て、いよいよ危機に陥ったことを知る。 けれども心は焦りより、これから始まる事への期待に満ち、胸が湧き立っていくのを感じる。 そうして思考の邪魔をし、望んで此処に立っていると、何より孤独を好んでいると、全く別の存在になりきっていく。 そうすることでより、強さを保っていられるから。 「言いてえことはそれだけか……? 早く始めろよ、時間が勿体ねえ」 身体のあちこちが軋みを上げている。 けれども今は、それを心地好くさえ思う。 これから暫くは、自分の行動に疑問を感じることも、家族を思い出すことも、何を悔いることも無い。 本当はどうしようもなく弱い自分を、一時でも欺くことが出来る。 だから飛び込む、自ら苦境へと。 でも、本当のところは……? 「テメエェッ!! 調子に乗んじゃねえぇっ!!」 本心は後に、一人の男との出会いが明らかにさせるけれど。 彼はまだ、その者を知らない。 「うるせえよ。吠えてる暇があんなら……、さっさと来い」 ジリと迫る群れを感じながら、窮地に立たされた唇はそれでも、うっすらと笑みを刻み込む。 冷えた空気、眼下を覗く月が支配する夜に、また何度目の怨みを買うことだろう。 後にかけがえのない存在となる、彼と出会うその夜まで――。 《END》

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