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1.番外編

ソファへと腰掛け、背凭れに身を預けながら足を組み、桐也が黙々と小説を読んでいる。 聞けば、幼い頃から本を読むことが好きなようであり、しばしば居間で読書に励んでいる姿が目撃されていた。 「なあ、桐也」 其処へ、つい先ほどまで僅かに距離を置き、傍らで静かに携帯を操作していた瑛介が飽きたのか、桐也へと顔を向けて話し掛ける。 「話し掛けんなボケ」 けれどもあえなく一刀両断され、見向きもされずに冷たくあしらわれるも、それで大人しく引き下がるような瑛介ではない。 携帯をしまい込み、完全に桐也へと意識を傾け、頁を覗き込みながらしつこく声を掛け始める。 「なあなあ、桐也。なあなあなあなあ、桐也く~ん!! なに読んでんの~!?」 「だアァもう、うっせェ! 引っ付くんじゃねえよ、鬱陶しい!!」 桐也の肩に腕を回し、ピタリとくっつきながら幾度か呼び掛けると、すぐにも辺りが俄に騒がしくなる。 何を読んでいるのか気になるのか、桐也の手に持たれている本へと触れ、タイトルを確認しようと表紙を持ち上げる。 桐也と言えば、読書の時間を邪魔されて腹立たしそうに眉を顰めるも、文句を並べている割にはすんなりと受け入れており、むすっとしながら瑛介を見つめている。 「ホントお前、本読むの好きな」 「うるせえ、ほっとけ」 「真面目ぶってんの? やめとけやめとけ、似合わねえぞ」 「だからテメ黙れ! ぶん殴ンぞ!」 言いながら拳を放つも受け止められ、暫し喧嘩という名の微笑ましいじゃれあいへと転じ、今やすっかりお馴染みの光景が広がっている。 「何やってんだ、お前ら……」 賑やかな声を聞きながら、調理場から盆を持って居間へと踏み込むと、今夜も例に漏れず兄弟仲を深め合っている二人が映り込み、半ば呆れたように言葉を紡ぐ。 「お、咲ちん! 何それ何それ!」 テーブルを挟んで向かい、またしてもソファでうたた寝している秀一を見つけ、なんとなく赤らんでしまいそうになる頬を落ち着かせつつ、瑛介へと視線を向ける。 相変わらず取っ組み合いを続けながらも、盆に乗せられているお椀が気になって仕方がないらしく、瑛介が笑顔で此方を見つめている。 桐也も同様に、瑛介の頭を小突きながらも気にはなっているようであり、視線だけを此方に向けていた。 「………ぜんざい」 起こそうと二、三度肩を叩き、盆をテーブルへと置きつつ瑛介からの問いに答えると、それまで眠りに就いていた秀一がうっすらと目蓋を開く。 「ん……、咲?」 「起きろ。風邪引く」 温かな椀を一つ持ち上げ、ぼんやりと此方を見つめている双眸と視線を交えながら、出来立てのぜんざいを秀一へと差し出す。 「へえ……、ぜんざいか。 美味そうだな」 背凭れに身を預け、まだ少し眠そうにしつつも笑みを浮かべ、手渡された椀を受け取る。 次いで盆から持ち上げた箸を受け取り、汁にフウと息を吹き掛けながら唇を近付けると、小豆共々温かな液体を体内へと流し込む。 「美味い。咲は本当、何を作っても上手だな」 「……別に」 優しく笑い掛けられ、僅かに染まる頬を見られないよう視線を逸らすと、再び盆を持ち上げて眼前から去る。 暫し穏やかな視線に追われるも、気付かない振りをして歩き、桐也と瑛介の元へ近付いていく。

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