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「はい、咲ちゃんの分。冷めないうちに早く食べよ」
傍らへと腰を下ろし、自分の椀と箸を並べてから盆を近くに置くと、颯太が変わらぬ笑みを浮かべながら話し掛けてくる。
それを聞いて、微かに頷いてから箸と椀を手にすると、静かに唇を近付けて幾度かフウと熱を冷ます。
そして温かな汁を流し込み、程好い甘さを味わいながら小豆を食べ、どうやら上手く仕上げることが出来たようだと満足する。
「美味しい! あ、この白玉! 俺が作ったやつかな? それとも咲ちゃんのかな?」
颯太も早速とばかりにぜんざいを食べ、箸で白玉を摘まんでは嬉しそうに声を上げながら、傍らでホクホクと頬張っている。
淡い電灯の下、目の前では瑛介と桐也が時おり笑い合いつつ、先ほど手渡したぜんざいを美味しそうに食べており、すぐ後ろでは秀一が箸を進めている。
随分と前から点いているテレビからは、賑やかな声と共にきらびやかな衣装に身を包んだ者逹が現れ、続々と出演者が笑みを浮かべながら舞台に足を踏み入れている。
「お、やべえ! 紅白始まったし!」
「何がやべえんだよ。ったく、やべえのはお前の頭ン中だろ」
「おお! 今ともちんがチラリと……! 今夜のともちんは、いつも以上に可愛く見えるぜ!」
「ハァ? なに言ってんだテメ。アホくさ」
今夜は大晦日であり、恒例行事とも言える歌合戦が始まりを告げたらしく、目当ての人物を見つけた瑛介が歓喜の声を上げている。
桐也も毒を吐きつつ、瑛介のように目当ての人物がしっかりと居るらしく、白玉を頬張りながらしっかりとテレビから視線を逸らさずにいる。
同じような衣装を身に纏っていることから、画面に映し出されている人物たちが一つのグループに所属していることが分かるも、あまりの人数の多さに何がなんだか分からなくなる。
全員の名前と顔を覚えるのはさぞかし大変であろうと思うも、好きであればそのようなことなどなんの苦にもならないのだろうなと考え直す。
けれども殆ど初めて目にする身としては、当然のことながら誰が誰であるか全く分からず、とにかく沢山いるなあという印象だけが強く残っている。
「とかなんとか言いつつ、お前こそさっきから目が釘付けじゃねえかよ。ハッ! まさか俺のともちんを狙って……!」
「狙うかバカ! そもそもお前のじゃねえだろ!」
「じゃあ、誰だよ! あの中に居るっつーことはお見通しなんだからな! オラオラ吐けよ、吐いちまえ!」
「うっ……、は、はるな……」
「はるなー!? いや、ともちんの方が可愛い」
「有り得ねえこと言ってんな。はるなが一番だろうが」
テレビからは曲が流れ、瑛介と桐也が入れ込んでいる彼女逹が歌い、一糸乱れぬダンスを披露している。
様々な世界があり、今こうして暖かな室内で寛ぎながらテレビを見て、団欒を楽しんでいる暮らしがあれば、それとはかけはなれた夜を過ごしている者も居ることであろう。
以前の自分であれば確実に後者であり、今でも時おりふと思い返しては不思議に思えるくらい、地に足を付けて平穏な日々を送っている。
こたつを囲い、賑やかな声を聞きながら歌番組を観て、穏やかな気持ちでいられる暮らしだなんてもう、自分には手に入らないと思っていた。
寒空の下で足を引き摺り、追っ手から息を潜めていた夜陰の出来事が蘇り、あの頃の自分に果たして今の状況が予想出来たであろうかと考えて、すぐに出来るはずもないと一笑に付す。
もう随分と忘れていた温もりと、朝になったら「おはよう」と言い合う、そんな当たり前の生活を改めて手に入れ、もう決して手離したくはないとずっと、密やかに思っている。
「う~ん、ともみさんもはるなさんもいいけど……、やっぱりまりこさんが一番いいなあ」
「ええ!? なに、颯ちゃん! 初耳なんだけど! まりちゃんなの!?」
「マジで? お前……、年上が好きなのか」
想いを馳せていると、桐也と瑛介のやり取りに颯太が加わり、初めて明かされる真実に二人の兄が共に動揺している。
何故そこまで狼狽える必要があるのかは不明だけれど、二人の予想から大きく外れているところを颯太が推したことにより、更に彼女逹が属しているグループの話で盛り上がっていく。
「颯ちゃんて、ああいうお姉さんタイプが好きなのか……! あ、そっか。そうだよな! 咲ちゃんまさにそうだもんな!」
「あー……、なるほどな。それなら確かに納得だ」
「うん! 咲ちゃんが大好きだから、まりこさんも好きー!」
「ちょう納得! 颯ちゃんが俺のライバルにならなくて安心したぜ!」
「安心しろ、お前は対等ですらねえよ」
ぜんざいを食べ終わり、椀と箸をテーブルに置きながら桐也が毒づき、ものともせずに瑛介が楽しそうに笑う。
颯太も嬉しそうに笑いながら箸を進め、盛り上がって大変結構なことなのだけれど、先ほど話題に挙げられた理由がさっぱり理解出来ないでいる。
何故そこに名前が出されたのか分からず、それだけで納得している瑛介と桐也にますます謎を深め、なにがなんだかとなんとも腑に落ちない。
「……お前ら、なんの話をしてんだ」
困惑の表情で声を上げれば、皆が皆楽しそうに笑うばかりで取り合ってはもらえず、ますます謎だけが深まっていくばかりである。
「ねえねえ、父さんは誰が一番好き?」
「颯ちゃん、やめとけー! 犯罪になる!」
「失礼だな、おい! 今のでだいぶ傷付いたぞ!」
「じゃあ、もっと抉ってやろう。行け、瑛介!」
「なにそれ、俺!? いや、お前が言えよ! 俺のターンですでに親父は瀕死の重傷なんだからよ!」
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