101 / 132
8
『咲ちん、久しぶりー! いやー、災難ッスね! 大変っしょ、その酔っ払い!』
「ああ……、だから早く迎えに来い」
『ムリムリ! 阿呆の宴を取り押さえるだけで精一杯ッスよ! 真宮さんが咲ちんと一緒で良かった! うちのヘッドをどうぞヨロシク! なんなら煮ても焼いてもいいッスよー! て言ってたことは内緒にしてね!』
有仁らしい明るさを湛えながら、まさかの受け取り拒否をされておいおいどうするんだよコイツと思うも、完全に安心して真宮を託されている。
「おい、ちょっと待て! こんな状態の真宮を押し付けられても……!」
困る、と言い掛けたところで携帯電話を奪われ、何事だろうかと視線を向ければ真宮の手に持たれており、未だに酔っている状態で耳に押し当てる。
「ナキツ!」
『あ、はい! 真宮さん?』
そして暫し間を空けてから、一体何を伝えるのだろうかと耳を澄ませている隣で、真宮が自信満々に言葉を紡ぎ始める。
「芦谷が一緒だから心配しなくていいぞ! 全部コイツに任せろー!」
「何を言い出すんだテメエは……」
ハハハー! と大変ご機嫌な様子で笑い、此方の苦労などお構い無しに話を進められ、ナキツと再度話をする間も無く通話を切られてしまう。
耳から携帯電話を下ろし、しげしげと画面を見つめている真宮の傍らで、ナキツも有仁も頼れない今どうしたらいいのかと悩み、酔っ払いを上手に扱う方法を懸命に考える。
他に誰か居ないだろうかと携帯電話を奪い、親指で操作しながら知っている者を求め、廊下で突っ立ったまま電話帳を眺めていく。
共通の知り合いなど限られており、他に真宮の身柄を引き取ってくれるような人物が思い浮かばない中で、一人の存在に辿り着いて指を止める。
けれどもそこで、不意に顎から頬へかけて触れられたかと思えば、上向かされて予測不能な出来事に遭遇してしまう。
「……怒ってる?」
気付いた頃には口付けをされており、状況が呑み込めずにぽかんとしている目の前で、濡れた瞳に見つめられて途端に頬が染められていく。
「お前、ふざけんな……、なんだよ今の」
「ん、なんとなく」
「なんとなくってお前な……」
「機嫌直ったか?」
「直るかバカ!」
機嫌が悪いように見えたのか、だからと言って何故そのような行動に出たのか全く理解出来ないのだけれど、あまりにも突然に唇を重ねられて真っ赤になってしまう。
けれども当人は何処吹く風で、気持ち良く笑みを浮かべたまま向き合っており、いよいよどうしたらいいのかと頭を抱えたくなってくる。
「咲、大丈夫か?」
すると其処へ、今度は秀一がひょっこりと居間から顔を覗かせ、待てど暮らせど戻って来ないことに何かあったのだろうかと気に掛け、様子を見に現れてくれる。
しかし有り難いのだけれども逆効果で、つい今しがたの出来事もあって妙にぎこちなくなってしまい、咄嗟に真宮を引き剥がして一発はたいてしまう。
「な、なんでもねえ。ちょっと、コイツも酔っ払ってて……」
「俺とは初めましてかな? 來くんのお友達?」
「いや……、どちらかと言えば……、俺の……」
「そうか、咲の友達か」
「別に友達……、てほどでも……」
「はいはい、仲が良さそうで何よりだな。それにしても、彼も随分出来上がってるな」
友達、と言われて妙に照れ臭くなり、関わりはそれなりに深いけれどもそこまで親しいわけでもないような気がして、認めることが躊躇われるもそんなに悪い気もしていない。
先ほどの不意打ちは見られていなかっただろうかとドギマギしつつ、酔っ払いの戯れに振り回されてすでに疲労困憊している。
真宮と言えば、未だ少し痛そうにはたかれたヶ所を擦っており、加減をする余裕が無かったとは言え申し訳無く思う。
「酔ってる姿なんて……、初めて見た」
「ハハ、そうか。是非とも酔っていない姿にも、一度お目にかかりたいもんだな」
颯太と來はいつの間にか部屋に入っており、電話帳で見掛けた人物を改めて思い出しながら、ひとまず真宮と共に居間へ入ろうとする。
けれどもまたしてもチャイムが鳴り、今夜は客がよく訪れる日だと半ばげんなりしつつ、今度は一体誰が現れたのだろうかと振り返る。
一瞬躊躇したところで傍らを秀一が通り過ぎ、全く予想もつかない客人の応対をしようと、慣れた手付きで玄関の扉を開けて見る。
「……え?」
直後、まさかというような反応を秀一が示したかと思えば、徐々に開かれていく扉の向こうから現れた姿に、嫌な予感が現実のものとなって吹き荒れていく。
「久しいな、くたばり損ない」
「こ……、許枝!?」
ともだちにシェアしよう!