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驚きを隠しきれず、素っ頓狂な声を上げている秀一の目前で、薄笑いを浮かべながら許枝が佇んでいる。
まさか許枝が現れるとは思わず、予想も出来ない珍客により一層思考が混乱していき、今夜は一体なんなのだろうかと目眩がしてくる。
「他に誰が居る」
「な、なんでお前が……、こんなところに?」
「さあ……、なんでだろうな」
流石の秀一も押され気味で、有り得ない訪問者を前に四苦八苦しており、改めて命を狙いに来たのであろうかと思わずにはいられない。
鮮烈な印象は変わらず、清冷な美貌にうっすらと笑みを刷き、何ものにも染められない黒衣を身に纏っており、今宵も自信たっぷりな様子で更なる言葉を紡いでいる。
「そういえば……、恒例の寄り合いはどうした? 今年もやるんだろう、組のお偉いさんが集まるアレ」
突然の登場に動揺を浮かべながらも、はっきりと自らの意思を言葉に乗せており、どうやら今夜は幹部を集めての会合が開かれる日のようだ。
「貴様が気にすることか?」
そう簡単に拭える記憶ではなく、すっかり足を洗っている今でもお決まりの行事を把握しており、よく覚えているものだと思う一方で許枝が、顔色一つ変えずに唇を開いている。
たった一言で黙らされ、確かに今の自分が気にするような事柄ではないと、少々決まりが悪い表情で秀一が微笑んでいる。
「まあ……、確かにな」
許枝から視線を逸らし、次なる言葉を探して思考を巡らせていると、更なるとどめとばかりに厳しい台詞が鼓膜を揺さぶってくる。
「忙しい合間を縫ってわざわざ貴様等の顔を見に来てやったんだ。有り難く思え、下郎共」
完全に上から目線でのたまう許枝に、なんだかもう心が折れそうな思いで見守っていると、秀一に構わずさっさと上がり込もうとしている。
「待て待て待て! そんな物騒なもんを懐に収めながら上がり込む気か?」
秀一が制するのも当然であり、ただでさえ長居して欲しくない許枝があまつさえ拳銃を所持しており、それを瞬時に見抜いて止めようとする。
しかし依然として余裕の態度は失われず、暫し秀一と視線を交わし合いながら静止すると、思い出したかのように上着の内側へと手を忍ばせる。
「ん……? おっと、これは済まない。貴様等を始末し損ねた拳銃を懐に収めたままだったな」
「……」
全然笑えない冗談なのかも不明な台詞を聞き流しつつ、懐から大変物騒な物を取り出して一旦外に出ていく姿を見送ると、程無くして再び許枝が現れる。
恐らく外では、見るからに怪しげな車が待機して、お付きの者が許枝の帰りを今か今かと待ちわびていることであろう。
多くの配下を付き従え、このような場所を訪れている時間など少しも無さそうな許枝が、今度は何やら化粧箱を手に持っている。
豪華な装飾が施され、此処からでは何と書かれているかまではよく分からないものの、大きさからして酒のような印象を受ける。
「そ、それはまさか……、幻とも謳われる銘酒、炎獄!?」
「フッ、御名答。貴様にしては上出来だ」
始めこそなんだろうと、訝しげな視線をそのものへと注いでいた秀一も、直ぐ様正体を察して目を丸くしている。
許枝と言えば、満足そうに笑みを深めており、重厚な雰囲気に包まれている酒を押し付けながら、改めて上がり込むつもりで靴を脱いでいる。
酒には詳しくないのでよく分からないが、秀一の口振りからしても相当名の知られた名酒であることが窺え、稀少価値が高そうに思える。
流石の秀一も、なかなかお目にかかれない代物を差し出されては陥落し、不意に現れた銘酒に興味津々のようである。
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