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「買収されやがって、あの野郎……。あ、そろそろ連絡しねえと」
許枝と秀一の様子を見守りつつ、とある人物へと連絡しようと考えていたことを思い出し、再び携帯電話の操作を開始する。
若干申し訳なさそうにしていながらも、銘酒に心を奪われている秀一が目の前を通り過ぎ、次いで許枝が此方へと近付いてくる。
部屋に戻れば良かったと思うも時すでに遅く、何も告げずに通過してくれるであろうと思っていた許枝が立ち止まり、ひしひしと視線を感じてたまらず顔を上げる。
「どうした? 浮かない顔をしているな」
「お前のせいだろ……」
笑みを湛えている許枝と、真っ向から視線を交わらせながら相対し、落ち着いた色合いを持つ低音に鼓膜を揺さぶられる。
「ん……? なんだ貴様、真宮か」
早いところ立ち去ってくれることを願いつつ、冷や汗が溢れそうな思いで許枝からの視線を一身に浴びていれば、傍らに立っている真宮に気付いて顔を向ける。
「あ……、冷血野郎じゃねえか。何やってんだ、お前」
名を呼ばれたことに気が付き、眠そうに瞳を潤ませている真宮が視線を上げ、当たり前のように許枝を認識する。
此方としては訳が分からず、許枝と真宮が知り合いであることに戸惑いを隠しきれず、あんぐりと口を開けながら二人を交互に見つめていく。
「知り合いなのか……?」
「ん……。別に、知り合いってほどでもねえよ」
「つれないな。そろそろ観念したらどうだ?」
「うるせえ、バカ。あっち行け」
声を潜めながら問い掛けると、考えるように少々間を空けてから唇を開き、酔っている為に呂律が回らないものの、きちんと話の内容を理解して回答する。
一連のやり取りを見て、愉快でたまらないとばかりに笑みを刷きながら、許枝が真宮の髪に触れてちょっかいを出す。
けれどもすぐに払われてしまい、鬱陶しそうに眉を寄せながら視線を逸らされるも、それだけのことで許枝が動じるはずもない。
「随分と酔っているな。珍しく今日は隙だらけだ」
「お前等、一体……」
「ん……? 俺とコイツの立場を考えれば、自然と接点も見えると思うが」
何処と無く嬉しそうにも見える許枝から、真宮の立場も含めて考えれば自ずと関係性が見えてくると暗に告げられ、思考を巡らせてすぐにも二人の接点を見出だす。
目の前で出来上がっている真宮も、どちらかと言えば許枝寄りの世界に片足を突っ込んでおり、一つの群れを束ねて実力も兼ね備えていることからも、ある程度名が通っていて何ら不思議はないのだ。
そして許枝の態度から見て、真宮のことを随分と気に入っているようであり、もしかしたら将来的に組へと引き抜こうとしているのではないかと考えてしまう。
「貴様ならいつでも大歓迎だ。何なら酔っ払っている今の内に、貴様を拉致してやっても構わないんだが」
八割方本気なのであろう物騒な台詞を聞き、どうしてこのようなことになってしまったのだろうかと、先ほどまでの平和な一時を非常に恋しく思う。
お互いの性格をある程度熟知しているだけに、何気無い一言ですら火種になりそうな一触即発の中、両者から言葉が紡がれる度にハラハラしてしまう。
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