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「……そう警戒するな。別に騒ぎを起こすつもりはない」 平静を装いつつも、事を丸く収められる自信が無く、どうすれば良いのやらと途方に暮れながら立ち尽くしていると、何処と無く不安そうにしていることを察したのか、許枝から気遣うような台詞が紡がれて狼狽えてしまう。 更には顎へと手を添えられ、何がなんだか分からぬ内に頬を柔らかな感触が掠めていき、不意の出来事に身を固まらせている目前で、許枝が何事も無かったかのように唇を開いている。 「貴様も行き場が無くなったら拾ってやるぞ」 視線を逸らし、笑いを堪えているようにも見える姿を目にして、そこでようやくからかわれたことに気が付いて顔が熱くなる。 頬に口付けを落とされ、恐らく面白半分に施されたのだろうけれど、此処へと至るまでに翻弄され過ぎており、最早怒りを通り越して疲労感ばかりが込み上げる。 そのような状態で言い返せる言葉も無く、満足げに真宮を連れてさっさと居間へ向かわれてしまうと、後には呆然と携帯電話を握り締めている姿だけが取り残される。 「俺が何したって言うんだ……」 年の瀬に振り回され、もう嫌だと思いつつ気を取り直し、先ほどからやろうとしていることはせめて実現させようと、親指で携帯電話を操作する。 そして目当ての人物をすぐにも見つけ、出るだろうかと首を傾げながら耳へと当てると、通話口から声が聞こえてくることを切に願う。 「へー! すげー! 何それ、酒!?」 何度目かの呼び出し音を経て、通話を始めている側から賑やかな声が聞こえており、許枝が持ってきた酒に対する瑛介の反応だろうと思う。 まさか全員で飲む気なのかと、これ以上手に負えない酔っ払いが増えたら困ると戦慄するも、会話に集中して意外とアッサリ相手を口説くことに成功する。 後は訪れるのを待つばかりと、通話を終わらせて携帯電話を真宮に返すべく、恐る恐る居間へと足を踏み入れていく。 「あ、咲ちゃん! こっちこっち!」 名を呼ばれ、視線を向けると颯太が居り、正体を知らないとは言え怖いもの知らず過ぎるにも程がある行動を目に留めてしまい、思わず絶句する。 あろうことか許枝の隣に陣取り、笑みを浮かべながらこっちこっちと手招きしており、絶対に其処には座りたくないと首を振る。 いつの間にか人口が増え、あちらこちらで盛り上がっている惨劇としか思えない光景に、こんな慌ただしい状況に身を置きながら年を越さねばならないのかと、完全なるアウェイによろめきそうになる。 「來くん、カンパーイ!!」 「やめろ、お前等! これ以上來に飲ますな!」 「おい、向こうこそ止めたほうが良くねえか?」 「え? あ、真宮……! おい!」 すでに出来上がっている來が更に飲もうとしている現場を取り押さえ、安心するも束の間、桐也からの言葉を受けて視線を向ければ真宮がぐいー! と一杯やっており、すでに呂律が回らないような分際でまだ酔う気かと、自由過ぎる群れの中で一人辟易としてしまう。 端から見れば、誰もが仲良く和気藹々とした大晦日を過ごしているように思えるが、収拾のつかない惨状に放り出されている身としてはたまったものではない。 今や誰も注目していないテレビには、つつがなく進行している歌合戦の模様が映し出されており、始まりからすでにだいぶ時間が立っていることに気が付く。 順調に浮かれた酔っ払いの階段を上がっている真宮の手を取り、借りていた携帯電話を衣服にしまい込んで返すと、頭目としての威厳皆無な青年の引き受け先が早く来てくれることを願う。 真宮自体は嫌いでなく、寧ろ好きなのだけれど、手に余る難関を少しでも楽に突破するには、問題を引き起こしている者を地道に減らしていくしかない。 許枝は何やら予定があるらしく、元より下手を打つような真似などまずしないだろうが、なるべく早く退出してくれる時を待ち焦がれるしかない。 けれどもあれだけの死地を経験して、命を落としていてもおかしくなかったというのに、今こうして酒を酌み交わしながら話をしている秀一と許枝を見ていると、なんだか感慨深くもある。 「あ、そういえば來、お前と一緒に飲んでいた奴はどうしてるんだ?」 「大丈夫だよ、咲ちゃん! さっき連絡しておいたから」 「そうか……、悪いな」 「ううん、全然平気!」 真宮の登場があまりにも印象深過ぎて、実弟である來まで十分に気が回らなかったのだけれど、颯太がきちんと配慮をしてくれていたらしく、有り難い以上に最早感動してくるレベルですらある。 「うっ……、気持ち悪い」

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