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1.statices
「秀一……?」
扉を開けると、室内を煌々と照らし出している照明器具の下で、ソファに身を横たえながら寝息を立てている姿が映り込む。
一歩踏み出し、音を立てないよう細心の注意を払いながら扉を閉めると、なんとはなしに辺りへと視線を向けてみる。
テレビは点いておらず、刻々と時を刻み込んでいる音だけが響き渡り、他に人の気配は感じられない。
時刻は深夜、桐也と瑛介は揃って外出しており、颯太はとうに自室で眠りに就いている。
風呂に入ろうと、居間から出て行こうとしていた際にはまだ、雑誌片手にテレビを楽しんでいる秀一の姿が映り込んでいたのだけれど、日頃の疲れが溜まっているのだろうか、今では安らかな寝息を立てながら深い眠りの世界へといざなわれている。
「おい……、こんなところで寝てたら風邪引くぞ」
幾つかのクッションを敷き詰め、穏やかな眠りに就いている秀一へと声を掛けてみるも、案の定起きる気配も無く寝息を立て、此方の呼び掛けなどお構いなしに夢現を彷徨っている。
軽く息を吐き、読んでいる途中で力尽きたのであろう、秀一の腹部を占拠している雑誌を丁寧に取り上げると、音を立てないようにそっと背後で鎮座しているテーブルへと置く。
「おい、秀一。寝ンなら部屋戻れ」
腰を下ろし、毛足の長い絨毯へ片膝を立てると、目前ですやすや眠りに就いている秀一へと腕を伸ばし、二、三度軽く身体を揺さ振ってみる。
けれども反応は無く、規則正しく寝息を漏らし続けているばかりであり、自然と先程よりも深い溜め息が吐き出され、秀一の寝顔を見つめながらどうしたものかと頭を悩ませる。
「仕方のねえ奴だな……。おい、起きろって。こんなところで寝ンな」
気を取り直して、心行くまで眠らせてあげたいところだけれど、このような場所では風邪を引いてしまうだけなので、なんとか寝室に向かわせようと再び声を掛けながら、トントンと身体を叩いてみる。
「ん……」
それでも一向に起きてくれる気配は無く、微かに吐息混じりの声が漏らされたかと思えば、身動いで此方へと顔を向けてくる。
漆黒の髪がさらりと揺れ、僅かに目元を隠していきながらも、十分過ぎるほどに端正な顔立ちが突然目の前に晒されたことで、不覚にもドキリと胸が高鳴ってしまう。
「おい……」
意識が無いことを確認するかのように声を掛け、上半身へ触れていた手を一旦宙に上げると、そっと秀一の前髪を払いながら頬へと指を滑らせていく。
俺は……、何をしてる……?
当然の疑問、けれども明確な答えを教えてくれるような存在は有らず、暫くの間は何を思うでもなく寝顔を見つめ続け、指を遊ばせながらくすぐるように頬を撫でていく。
「んん……」
漏らされた声にビクりとし、頬へと滑らせていた手を止めて幾ばくか凍り付くも、身を退けることまでは出来ずに秀一を見つめ続け、やがて自身の体温が上昇していることに気が付く。
自分でもよく分からないけれど、目の前で気を許して眠りに就いている姿を見ているだけで、どうしようもなく心が安らいで、居心地が良くて、何物にも代え難い愛情が沸々と込み上げてくる。
「秀一……」
気付いたらもう、自分にとって無くてはならない存在になっていて、日頃からよく、気持ちとは裏腹な憎まれ口を叩いてしまいながらも、とうに心など完全に許してしまっている。
そのような彼が、目前で頬を撫でられながら寝息を立てており、時おりくすぐったそうに身動ぎつつも、自分という存在の全てを受け入れてくれている。
消え入りそうな声で名を紡ぎ、愛しくて仕方がないとばかりに頬を撫でてから、トクトクと胸の高鳴りに後押しされるように、黒く艶やかな髪に指を絡めながら顔を近付け、柔らかな唇へそっと口付けを落とす。
控え目な、触れるだけのキスを施してからゆっくりと離れ、惚けているような眼差しで暫くは秀一を見つめるも、途端にカァッと頬へ朱を走らせていき、つい今しがた自分がしてしまったことを思い返して居ても立っても居られなくなる。
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