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「何やってんだ、俺は……」 秀一から視線を逸らし、目に見えて戸惑いを浮かべながら言葉を漏らすと、ひとまず此処から離れなければと腰を上げ、一旦頭を冷やしてこようと立ち去りかける。 「ん……、咲……?」 立ち上がり、背を向けようとしていたところで思わぬ声が掛かり、一瞬ビクりと身体を震わせながらも振り返れば、ぼんやりと此方を見つめている視線と目が合う。 「あ……、起きたのか」 立ち去りたいのは山々だけれど、秀一が眠りから覚めてしまった以上はそうもいかず、しどろもどろになりながらもなんとか平静を装いつつ言葉を返し、懸命に冷静な思考を取り戻そうと頭を働かせる。 秀一と言えば、未だ眠そうに目を細めており、煌々と辺りを照らしている灯火の下で、ぼんやりと視線を彷徨わせている。 前髪を掻き上げ、眠たそうに欠伸をしながら涙を浮かべ、時間を掛けて自身を覚醒へと導いていきながら、やがてゆっくりと身体を起こしていく。 始めこそ、なんとか起こそうと躍起になっていたのだけれど、あのようなことを仕出かしてしまった直後ではなんだかバツが悪く、もう少し寝ていてくれていた方が良かったとさえ思ってしまう。 「今……、何時だ……?」 「0時過ぎてる。お前……、寝ンなら部屋行け」 「ん……、アイツ等は?」 「まだ帰って来ねえ。ったく……、何処ほっつき歩いてんだか」 「そうか……。ま、その内帰って来るだろ」 背凭れに身を預け、暫くは眠たそうに目蓋を下ろしつつも、寝起きで少々掠れた声を漏らしながら、外出している瑛介と桐也のことなど、きちんと会話を成立させていく。 「咲……」 何をするでもなく立ち尽くし、逃れるように顔を背けて床を見つめていたところで、不意に名を呼ばれて視線を向ける。 すると其処では、まだ少し眠たそうながらも柔らかな笑みを浮かべている秀一が居り、二、三ひらひらと手を上下させて、傍らへ腰を掛けるようにと促してくる。 けれどもすんなりとは応えられず、穏やかな笑みを湛えながら此方を見つめている視線から目を逸らし、暫くはどうすることも出来ずにその場へと留まる。 「咲……、おいで」 怒るでも、呆れるでもなく、なかなか行動を起こせないでいる此方を優しい笑みで見守り続け、ポンポンと傍らを叩いてからもう一度、包み込むような温情のこもった声で名を紡がれて、渋々ながらも秀一の元へと素直に近付いていく。 緊張する必要など無いのだけれど、何故か一歩を踏み出す度にそわそわと心を乱されて落ち着かず、借りてきた猫のように大人しく傍らへと腰を掛ける。 当然、踏み出してから腰を掛けるまで、秀一と視線を合わせることなんて到底出来ず、どうしてこんなにも気恥ずかしいのか説明がつかないまま、隣でじっと顔を俯かせて静寂に身を委ねる。 「いい匂い……」 「風呂……、入ったばっかだから……」 肩に腕を回され、びくりとしている間に身を寄せられて、未だ少し眠そうにしている秀一の唇から、寝惚けているような口振りで言葉が紡がれていく。 風呂を後にしてからまだそう大して時間も経っておらず、温まっている身体をぐいと引き寄せられたかと思えば、心地好さそうにもたれかかってくる。 「秀一……?」 普段からは考えられないような仕草に、どうすることも出来ずに頬を赤らめながら身を固まらせ、再び瞳を閉じている秀一へと恐る恐る声を掛けてみる。 けれども反応は無く、また眠りに就いてしまったのだろうかと思いながら手を伸ばし、鼓動を繰り返す秀一の身体へそっと触れる。 とは言え、そこから何かしらの行動に移すのかと思えばそうでもなく、なんの考えも無しに触れていた手が膝から動くことはあらず、やがて重ねられた温もりに気付いて視線を上げれば、いつの間にか秀一に見つめられていて心拍数が跳ね上がる。

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