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第 二 話
その男がベッドから抜け出してきたのは昼過ぎのことだった。
「まったく、アーシャ様はいつまで寝てるつもりなんですか!」
ノックも無しに、この部屋の鍵を勝手に開けて踏み込んできたのは、兄に仕えている世話役だ。
「そんなに寝てたら目が腐りますよ!」
ベッドの端に座っていた彼を弾き飛ばすようにシーツを捲る。
(腐るわけねぇし)
口には出さず、視線だけで抗議する。
「外が騒がしいが、何かあったのか?」
話を変えた。目が覚めたのも、外が俄かに慌しかったからだ。
「傭兵上がりの青年が殺されたそうです」
「元傭兵?」
ふと一人の人物が思い浮かぶ。
「えぇ、真夜中に水浴びをしていた彼の背後からブスリと心臓を一突き。まぁ、容疑者は捕まえたらしいですけど」
「捕まってるのか?」
彼は窓枠に腰掛け、外を見下ろした。まだ警備部の連中がバタバタと忙しそうに動き回っている。
「同室の子のアリバイがあやふやで・・・とりあえず連行されたみたいですよ?」
「あやふや?」
「昨夜、誰かと一緒にいたらしいんですけど、それが誰かを言わないんだそうです」
そこで再び一人の人物が思い浮かんだ。
(まさか?)
窓枠から離れ、開けられたままの扉から部屋を出る。
「アーシャ様?」
世話役が部屋から顔を覗かせた時、既にアーシャの姿はその廊下にはなかった。
ガシャン!
閉じられたばかりの鉄格子が大きな音を立てて再び開く。
「釈放だ」
彼をここへ押し込んだ看守が不満げな表情でそう言い捨てた。
「?」
まだ外されていなかった手枷の鎖を掴まれ、彼は牢獄から引っ張り出された。ガチャガチャと乱暴に鍵を扱う男の手で手枷が外される。
「上からの命令だ」
男の後について、先程通ってきた道を引き返す。
「よぉ、子猫ちゃん、もう帰るのか?」
突然独房の一つから逞しい腕が伸びてきて彼の腕を掴んだが、看守が慌ててその手を離させる。
下卑た笑いを浮かべて、彼を足の先からじっくりと舐めるように視線を注がれるが、アキラは表情を変えることなく男に一礼して、その場を離れた。
「迎えが来ている」
看守にそう言われて警備部管轄の建物から出て、きょろっと周囲を見回す。
「ユサ様」
亜麻色の長髪が風に靡く。
「昨夜は俺と一緒にいたと言えば良かっただろ?」
少々不機嫌そうに言い捨て、彼はアキラの頬に手を伸ばした。
第六王位継承者のユサ・・・王族でありながら、いつも供をつけずに街中を出歩くことで有名な人物だ。もっとも、彼が目撃されているのは花街が中心であった。
頬に触れた手が離れ、その手はアキラの腕を掴んだまま歩き出した。
「でも、タウが殺されたのは・・・俺が・・・」
「お前は朝まで俺の部屋で俺と一緒に居た」
ユサは振り返らずに、そうアキラの言葉を遮った。人通りの少ない路地裏に引っ張り込み、壁にアキラの背中を押し付ける。
「お前は俺とずっと一緒に居た」
ゆっくりとユサの顔が近づいてきて、互いの唇を重ねた。
「・・・・・んっ」
「だいたい、あんな状態のお前に人を殺すことなど出来ねぇだろ?」
ニヤッと唇の端を吊り上げて、ユサが笑みを浮かべた。一瞬でカッとアキラの顔が赤く染まる。
「ユサ様!」
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