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第 三 話
「釈放した?」
警備部上層部の人間に直接接触し、アーシャは数分前にアキラが釈放された事を知った。
「ユサが?」
すぐ下の弟の名を口にした男は、本日二度目の王族を前に引き攣った笑みを浮かべて頷くばかり。アーシャはくるりと踵を返し、今来た道を引き返した。
(ユサがアキラを迎えに来ただと?)
眉間に深い皺が刻み込まれる。
「あれ?アーシャ様?」
ふいに声を掛けられ、ギロッと相手を睨みつける。
「アーシャ様は今日も一日お部屋でゴロゴロなさるかと思ってましたけど?」
アーシャの睨みを涼しい顔で受け流し、兄に仕えているティアが駆け寄ってきた。
「それに、なんで今警備部から出てきたんです?」
ティアはアキラが逮捕された事を知らないようだった。アーシャは簡単に経緯を説明して、城へと足を向けた。
「で、アキラを迎えに行ったのに釈放された後で、しかも、ユサ様が迎えにいらっしゃってた、と」
ずっと前方を睨みつけるように歩くアーシャの横顔を一瞥して、ティアは苦笑した。
「お前はなんでその事を知らない?」
「僕は禾蔵様のお部屋で、ずっと禾蔵様のお手伝いをしてたんです・・・お暇はアーシャ様とは違うんです」
最後の一言は余分だろう、と視線だけで訴える。
「そんなことよりアキラのことはいいんですか?心配して警備部まで行かれたんでしょ?」
突然アーシャが足を止めた。行き過ぎたティアが慌てて止まって振り返る。
「心配などしていない。ただ、主の俺に!い、いや、何でもない!」
(主って・・・アキラが聞いたら泣いて喜ぶんじゃないですか?)
タウが殺されてから三日が経った。
警備部の前でアーシャに会ったとティアから聞いた。
ユサが迎えに来たとアーシャから教えられたとも言っていた。
ユサとの関係は聞かれていない。
ティアからその話を聞いてからはユサの部屋を訪れてはいないし、ユサがアキラに近づいてくる事もなかった。
ユサがアキラに声を掛けてきたのは、アーシャの護衛となった次の日。
昼食を誘ってくれたティアと食堂に入った時だった。ティアがアキラをアーシャの護衛だと紹介すると、興味深そうな視線を下から上へ、舐めるような視線を受けて・・・
夜部屋へ来るようにと耳元で囁かれた。
「アキラ!」
名前を叫ばれて、ハッと我に返る。
頭上から降ってくる火の粉を避けながら、錆びた剣を振り上げるスケルトンの胴をぶった斬った。息つく間もなく後方より襲い掛かってきた別のスケルトンが突き出してきた剣を弾き返し、その首を刎ねるが、その活動は止まらず、転がった頭部はガチガチと歯を鳴らし、残った体は再び剣を振り上げた。
びくっと体が硬直する。体を引き裂かれる衝撃を覚悟して、ギュッと目を閉じた。
バキッ!!
「っつ!」
耳元で骨が砕けた音を聞いて息を呑んだ。だが、痛みは感じない。
そっと目を開き、後ろを振り返ると、全身にヒビの入ったスケルトンが剣を振り上げたまま動かない。ギョッと目を見開いてアキラがその場から逃げるように離れると、スケルトンの体からパラパラと破片が零れ、違う場所で放たれた技の衝撃で、一気に崩れ落ちた。
「・・・・・・アーシャ・・・様」
砕けたスケルトンの向こう側にいた男が無言のまま踵を返し、離れていく。
第三王位継承者、禾蔵が管轄しているこの西エリアは、戦闘区域の中でも最も過酷な激戦区。アキラはアーシャと共にこの地を訪れ、戦いの日々を送っていた。
全てのスケルトンを土に還し終える頃には既に陽は落ち、辺りを夜の闇が覆い始めていた。
アーシャとアキラの為に用意された部屋へ入ると、そこに主人の姿はまだなかった。ここへ来てからアーシャは一度も部屋の中に足を踏み入れてはいない。
(俺、嫌われてるからなぁ)
明日の戦いに備え、武器の手入れをし終えると、アキラは再び部屋を出た。
「指輪、失くしちゃったなぁ」
それは指に嵌めるには大きくて、鎖に通して首から下げていた。
アーシャの従者である証の指輪。それはアーシャ本人からではなく、国王から授かったものだが。
(・・・もう貰えない・・・よな)
夜風に身を晒しながらフラフラした足取りで歩いて行く。
いつの間にか馬舎に辿り着いた。
肌を撫でていく風が冷えてきて、ブルッと身震いする。そろそろ戻ろうと踵を返して、硬直した。
「・・・・・・アーシャ、さ・・・ま?」
太い木の幹に背中を預け、腕組をしたままこちらをじっと観察している。アーシャは不機嫌さを露にして目を細めた。
「こんな夜に一人で出歩くのは非常識にも程がある」
「・・・・・・・・・え?」
ズカズカとアキラに歩み寄り、その腕を強く掴んだ。
「いくら結界が張ってあるからといって、絶対に安全というわけではない!」
そのまま掴んだ腕を引っ張って歩き始めるアーシャにただ呆然とついていく。アキラは自分の身に今何が起こっているのか、理解できないまま足を動かしていた。
「だいたい武器も持たずに出歩くなど!」
アーシャは振り返ることなく説教じみた口調で続けていく。
「警戒心が無さ過ぎる!」
アキラはただ呆然と目の前のアーシャを見上げる。
「言葉も理解できないくらいバカだったのか、お前は!」
バキッ!!
いったい何処に隠れていたのか、ハリセンを手にした禾蔵が突然姿を現した。いきなりの展開にアキラの思考が再び停止する。
その目の前で、アーシャは自分をハリセンで殴りつけた相手を恨めしそうに睨みつけた。
「かぁ~ぐぅ~らぁ~!!」
「義理でも俺はお前の兄だ!」
再びハリセンがアーシャの頭部に炸裂する。漸く正気を取り戻したアキラはその場に片膝をつき、頭を垂れた。
「まったく、不肖な弟ですまないな、アキラ」
やれやれ、と溜息をつき、アキラを見下ろす。アキラは返す言葉も見付からず、俯いたまま、ただ混乱していた。フッと手元に影が落ち、アキラはそっと視線を上げた。目の前にしゃがみ込んだアーシャの顔があり、再び俯こうとしたアキラの顎を彼の手が捉えた。
「チッ!」
乱暴にアキラを突き離し、尻餅をついて自分を見上げるアキラをギロッと睨み下す。
「アーシャ!!」
禾蔵がきつい口調で名を呼ぶ。アーシャはフンと鼻を鳴らして踵を返した。
「大丈夫か、アキラ?」
側に膝をつき、心配そうにアキラの顔を覗き込むと、アキラは慌てて姿勢を正し、頭を垂れた。
「は、はい、申し訳ありません・・・禾蔵様」
「いや。随分アレが迷惑を掛けているようだな」
「いえ、そんな・・・」
即座に否定してアキラは顔を上げる。
「ところで、アキラ」
スッと禾蔵の目が細められる。
「はい?」
きょとんと返事をしたアキラに禾蔵の手が伸びる。胸元の開いているシャツの縁に手をかけて、眉間に皺を刻んだ。
「お前は今すぐ治療を受けに行ってきなさい」
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