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第 四 話

初めて自分の部屋に足を踏み入れたアーシャは武具を脱ぎ捨て、一度も使っていなかった簡易ベッドに寝転がった。苛々しながら親指の爪を噛み、チラッと土間に転がっている武具を見たが、すぐに寝返りを打って視界を閉ざした。 目を閉じたからといって眠れるわけもなく、数秒で再びベッドの上で体を起こす。 まだアキラは戻ってこない。いや、自分が部屋に入ったから今夜は戻ってこないかもしれない。 武具を整理し、マントを綺麗にたたみ終えた頃、部屋の外にアキラのものではない人の気配を感じた。 「誰だ?」 中に声を掛けようか迷っていたらしい相手は、アーシャの声に驚いて短い悲鳴を上げた。 「あ、あの、お、落し物が・・・」 相手は一向に部屋の中へ入ってこない。仕方なくアーシャが入口を開け、ギョッと目を見開いて硬直した兵士の手にあるモノを見下ろした。 千切れたチェーンに指輪が二つ。一つはアーシャの父親、国王の紋章が刻み込まれている。もう一つの指輪は随分古く、サイズも小さいようだが、そこに刻まれている模様を見てアーシャは怪訝な顔で目の前の兵士を見下ろした。 「これを何処で拾った?」 ビクビクと怯え、今にも泣き出しそうな兵士に舌打ちして、その手から指輪を奪い取ると、アーシャはそのまま部屋を飛び出した。 「ありがとうございました」 中に向かって一礼し、治療室として使われている部屋を出る。 本人も禾蔵に言われてから自覚した、首筋から鎖骨の辺りにかけての傷。深さはそれほどでもなく、痕も残る事はないだろう。だが、この傷のせいでチェーンが千切れ、そこに通していた指輪を失くしてしまった。自分を認めてもらえない以上、アーシャからその証となる紋章入りの指輪はもうもらえない。 (今度こそ護衛を辞めなきゃいけないのか、な) 溜息をついて、とぼとぼと歩き出す。 治療室から出てきたアキラを見付けて、アーシャは立ち止まった。アキラはまだアーシャに気付かないまま進んでくる。 「おい」 俯いたまま歩いていたアキラがぼんやりと顔を上げると、その目の前にジャラッと音を立ててチェーンがぶら下げた。その先には失くしたはずの指輪が二つ、カチッと音を鳴らした。ただ呆然とその指輪を見詰めるアキラの手を取り、その手の平にそれらを落とす。 アキラからの反応はない。信じられないものを見ているように、ただじっと指輪を見詰めている。そんなアキラの肩に両手を乗せて、顔を覗き込むとビクッと肩を震わせて漸くアーシャと目を合わせた。 「さっさと戻るぞ」 チラッと見えた首筋の包帯に一瞬顔を顰めたが、アーシャはそのままアキラの手を取って自分達の部屋へ向かった。 (どうして、これをアーシャ様が?) アーシャに手を引かれながら、アキラは手の中の指輪を再度確認する。それは、間違いなく国王からもらった指輪と・・・幼い頃ある人物からもらった指輪だった。 二人は無言のまま部屋の前まで戻ってきた。 アーシャはアキラの手を離し、先に中へ入る。 「何をしている・・・さっさと入って来い」 迷っていると、中から呼ばれ、緊張した面持ちで部屋の中に足を踏み入れた。 「・・・失礼します」 アーシャは既にラフな格好で自分のベッドに腰を下している。入って来たアキラを気にもせず、何かの分厚い書物を開いてた。 アキラはアーシャの邪魔をしないよう気を使いながら自分用のベッドへ腰を下した。手の中の指輪に絡まっているチェーンは千切れたままだったため、繋ぎ合わせる事に意識を集中するつもりが・・・ (・・・・・・気になる) 初めて同じ部屋で、同じ時間を共有しているかと思うと、緊張して指先が上手く動かせない。ページを捲る音が聞こえるだけで、ドキッと心臓が跳ね上がり、その度にチラッとアーシャの様子を伺う。 (あれを全て読まれるんだろうか?) まだ半分程しか目を通していないだろう書物。同じくらいの厚さの書物がまだ他にもベッドの上に二冊ほど乗っている。それを全て読もうとすれば、夜が明けても読み終われないだろう。 休める時に身体を休めておかなければならないが、主人より先に眠るわけにはいかない。 漸くチェーンを繋ぎ終えて首からぶら下げ、カチッと指輪同士がぶつかって音を鳴らすとアーシャが顔を上げた。 「さっさと寝ろ」 「あの・・・でも・・・」 「寝ろ」 ギロッと睨まれてアキラは口を閉ざした。 「では・・・申し訳ありませんが、先に休ませていただきます」 そのまま大人しくベッドに入る。アキラは目を閉じてから数秒で深い眠りに落ちた。 完全にアキラが眠った事を感じ、アーシャは書物を閉じた。先程から目を落としていた書物の内容は一つも頭に入っていない。 アーシャはベッドから腰を上げて、アキラに近づいた。ベッドの端に腰掛けて、彼の顔を覗き込み、頬に触れてもアキラは覚醒しない。 「・・・・・・お前が、あの時の」

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