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第6話

 男は将の伸ばした手を足蹴にした。それはとても軽くしたように見えたのに、なぜか将の大きな体ごと、思い切り壁まで跳ね飛ばされた。 「ぐはっ!?」  漆喰の壁にぶつかる重い音とともに、苦し気なうめき声が微かに聞こえる。まるで俺自身が呻いたような錯覚を覚え、無意識に男の着物を握りしめた。 「触れるでない」  冷ややかな声に、将はピクリと身体を震わすと、恨めし気な眼差しで男を睨みつけた。男は無表情のまま言葉を続ける。 「学習能力がないようじゃのぉ」 「クソッ……」 「あの日も、同じ目にあったであろうに。その上、懇切丁寧に、懇々と諭してやっただろう」  将は唇を強く噛みしめすぎて、血が滲んでいる。  二人の話から、五年前、すでに、この二人は出会っていたということがわかる。その五年前に何があったというのだろう。 「己らは、己ら自身の保身のために、あずさを差し出したのであろう。そのような身勝手な奴らに応えてやる我ではないわ。見くびるでない」  俺を差し出す?何のことかわからない俺は、ジッと鼻筋の通った男の横顔を見つめる。絹糸のような白い髪と艶々の白い肌に、指先で触れたくなった。辛辣な言葉を発する真っ赤な唇は、瑞々しい果物のようで、目が離せなくなる。 「それは、俺の本心じゃないっ」  甲高い叫び声に、一瞬だけ、気がそれる。真っ青な顔の将が、必死な形相で俺を見つめている。俺を抱きかかえている男と比べてしまうせいだろうか。今までは考えたことすらなかったのに、将がとてつもなく醜く見えた。その悍ましさに、視線をそらした。 「お前の本心など、どうでもよい」  将の言い分をバッサリと冷ややかに切り捨てると、再び俺のほうに顔を向け、愛し気に微笑みながら軽く唇を重ねた。たったそれだけの行為なのに、心の奥から喜びが溢れてくる。普段の俺だったら、同性にそんなことをされるなんて、気持ち悪くて仕方がないはずなのに、この男にされる行為は、本能的に受け入れている気がする。 「あずさはもらっていく。我が守るのは我が花嫁の血筋のみ。お前の親に、伝えておけ。この意味、この神社の宮司であるならわかるであろう、と」  それだけ言うと、急に俺たちの周りに白い煙が立ち込め、視界が真っ白になる。 「抱きついてろ」  男の優しい声に、俺は小さく頷くと素直に男の首にしがみつく。男のまとう甘やかな香りに、うっとりする。  「あずさっ!」  将の叫び声が聞こえた気がする。でも、今の俺には、どうでもいいことだった。
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